精進料理の哲学を形に。デュカスが東京に開いた「大地」のレストラン

昨秋パレスホテルにオープンしたアラン・デュカスのレストラン「エステール」


20代の頃、飛行機事故に遭い、奇跡的に1人だけ九死に一生を得て助かったデュカスの口から出ると、その言葉には重みがある。それを聞いて、エステールのロゴを思い出した。デュカスは、ひとつの物事を反転させた向こう側に思いを馳せる人なのだ。

日々、魚を扱うなかで、気になるのは水産資源の減少だ。デュカスは言う。

「地球を守っていくためには、季節を知り、漁獲数を制限し、魚体数を回復させるサステイナブルな漁法や禁漁期間を設けることが重要です。でも、そういったことには、消費者の関心は低い。だからこそ、政府とも協力して、消費者の注意を呼び起こさなくてはならないのです」

パリのプラザ・アテネの店は、「おそらく3つ星で唯一ではないか」とデュカス自らが語るように、CO2排出が多いと言われる肉を使わず、イケジメの魚や雑穀、豆類などでタンパク質を代替するスタイルだ。

では、デュカスは、いま注目を集めるヴィーガン(生活の中に、動物を搾取してつくったものを使用しないという考え方、食生活においては、乳製品、卵などを含めた動物由来のものを摂取しないことを指す)について、どのように考えているのだろう。

「ヴィーガンは世界に数多くあるトレンドのひとつです。世界のトレンドで言えば、ステーキハウスに行く客のほうがヴィーガンレストランに行く客より多い。また、誰が何を食べるかというのは、民主主義と同じで、強制されるべきではない。でも、地球を救うためには、肉の消費量を減らすなど、動物性タンパク質を減らさないといけない。まったく食べないのではなく、よりよい質のものを、少ない量食べるべきということです」

そして改めて、「私が信じてきたスタイルは、ずっと変わりません。魚、雑穀、野菜を中心に、少ない脂肪分、少ない砂糖、少ない塩の料理というのは、身体にも良く、環境にも優しい」とブレない信念について語った。デュカスが初めて野菜のみの美食コースをつくってから34年。それは、トレンドと呼ばれるような移り変わるものではないのだ。

「これは、これは地球と人間、お互いに利益のある循環なのです。あなたにとって良いものは、地球にとっても良い。地球にとって良いものは、あなたにとっても良いのです」

目の前にあるものの裏側に思いをめぐらせることは、人と自然が協調する美しい循環へと繋がってゆく。デュカスは、料理を通して、その環をつなげて行こうと考えているのだ。

日本の精進料理の哲学に深く感銘を受けたというデュカス。日本の首都である東京で、なかでも皇居を臨む歴史あるパレスホテルを舞台に、料理の未来を描く皿が今日も生み出されている。

文・写真=仲山今日子

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