手術。体感時間1分。甘かった…|乳がんという「転機」#8

北風祐子さん(写真=小田駿一)

新卒で入った会社で25年間働き続け、仕事、育児、家事と突っ走ってきて、「働き方改革」のさなかに乳がんに倒れた中間管理職の連載「乳がんという『転機』」8回目。

手術の日。なんとしてでも生きて目覚めよう


2017年5月10日。手術は8時45分開始となった。親友で医師のMいわく、朝一番の手術は、術者のパワーがみなぎるとのこと。

手術の日の朝は、夫と母が来てくれた。子どもたちは学校へ。母にも来なくていいよ、と言ったのだが、「絶対に行く!」と言って来てくれた。父は怖がりなので、「手術日の孫たちの夕食は俺が買ってくるから任せろ」とか言って、来なかった。

夫とも母ともほとんど話をしなかった。二人とも心配そうだった。ご家族はここまでです、というエレベーターのところで、二人は止まった。私は、中に乗り込んで、振り返って、「じゃあね、行ってきます」と言った。ドアが閉まって、二人の姿が見えなくなった。あー、いよいよだ。

手術室へ向かう道のことは、緊張していてあまりよく覚えていない。が、手術室は、左右にずらっと並んでいて、どの入口も大きなステンレスの扉で、威圧感たっぷりだった。全体的に暗い銀色の世界で、逃げ出せるものなら逃げ出したかった。

「こちらです」。自分の手術室の前に来ると、さすがに観念した。入口は開いていて、高い位置に手術台が見えた。

このとき、友人で全身麻酔経験者のノブの全身麻酔の小話を思い出した。あそこに上ったときにノブは麻酔医を驚かせようと、できるだけ長く起きていられるように数を数えていたのだ。自分もたくさん数えられるようにがんばってみようかな、と思った。その間だけ、恐怖心が少し減った。ノブのおかげだ。この場面まで想定して、あの話をしてくれていたのだ。

促されるままに手術台に寝そべると、体の下に敷かれているシートが柔らかく、ほんわかと温かかった。冷たくて固いステンレスの台を覚悟していたので、気持ちのよい温かさに、ふっと緊張もゆるんだ。温かくてよかったなーとぼんやりしている間も、まわりではせっせと手術の準備が進んでいる音がした。

ド近眼で、メガネがないと何も見えないので、何も見ずにぼーっとしていると、急に目の前に主治医の顔が出てきた。ぬーっ、と。先生は、私の腕をふわりと握って、「大丈夫だからね」と声をかけてくださった。ここでまた、すーっと緊張がとけて楽になるのがわかった。ありがたかった。

一方で、主治医には申し訳ないけれど、人生最後に見た景色が先生の顔、というわけにはいかないから、なんとしてでも生きて目覚めようと心に決めた。
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文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

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