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乳がんという「転機」


新しい自分。痛いのに、満足


昨夜、痛み止めの点滴のせいでひどかった吐き気は、嘘のように治まって、すっかり元気になっていた。内臓の手術ではないので、食欲も出てきた。カレーパン以来の昼食が待ち遠しかった。

昼食後、大切にしまっておいたデコポンを食べた。最高だった。今まで食べた柑橘類で一番おいしかった。親友Mの予言通り、今の自分にベストの食べ物だった。皮を手でガシガシとむいて、素手でムシャムシャと食べた。完全に猿。

口からも、手からもデコポンの汁がボタボタ垂れてきたが、そのまま構わずかぶりついた。このワイルドな食べ方のおかげで、自分が生きている動物であることを実感できた。ティッシュで口の周りをふいたりするのは、新しい自分にはふさわしくないと思った。

この日の夕方は、とにかく立つことができたのがうれしくて、1階のコンビニまで行ってみたのだが、これはやりすぎだったようで、傷跡に激痛が走った。傷をかばって歩くせいで、腰やら肩やらほかの部位がガチガチになった。それでも動くことができてうれしかった。痛いのに、満足だった。

新たながん友


夕方ごろ、幼なじみのケンちゃんが、突然来てくれた。なんと、がんの治療のためにこの病院に通っているそうだ。何十年ぶりの再会なのに、母親同士が親友だからか、ふだんから仲良く話している仲間のような感じで話し込んだ。

ケンちゃんは、この病院に来るまでに、複数の病院を渡り歩いた。会話の中身は、病気がわかってからのご家族の様子、治療のことに始まり、都内各病院の病室を比較すると各部屋にトイレとシャワー室があるこの病院は恵まれている、たいていはフロアに一つだから混んでたいへんなんだよ、と続いた。

さらには、手術室の比較、共通の友人の話、会社で誰にまで病気のことを話したか、今どんな仕事をしているのか、保険のこと(私は何一つ入っていなかった)、怖くなるからインターネットとかヘンな本とか読むなよ、と……話は尽きなかった。

ケンちゃんもここに入院していたときに、私のベッドにあるクスリ入れと同じものを使っていた。

乳がん

ケン「あ、それね、痛み止めの薬でしょ。俺は痛くても一度も飲まなかったけど」

私「なんで?!」

ケン「気合いで」

私「……気合いって……そんなところでかっこつけないで飲みなさいよ!」

ケン「まだモテたいし」

私「……」

痛み止めを使わないのがかっこいい、ということ? 痛み止めが箱に残っていると、看護師さんがチェックしてくれるということか。治療も過酷だし、不安も計り知れないはずだが、ケンちゃんは愉快でエネルギーに満ちていた。この男は、芯から強い。大丈夫だ。

ケン「女性のほうが強いんじゃない? 俺の男友達なんてさ、病名言っただけで号泣しちゃったやつとかいるよ」

文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

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