手術。体感時間1分。甘かった…|乳がんという「転機」#8

北風祐子さん(写真=小田駿一)


手術翌日。心身は連動する


2017年5月11日、手術翌日。術後に初めて起き上がるときは、一気に起きて立つわけにはいかない。ゆっくりと、一つ一つのステップに時間をかけて、血圧を測ったり、気分が悪くならないか様子を見たりして、大丈夫なら次へと進んでいく。

最初に、脚に巻かれたマッサージ機が外される。そのあとベッドを45度起こして何十分か様子を見る。大丈夫そうなら90度まで起こす。また何十分か様子を見る。体を直角に起こすまでに2時間近くかかるとは。想像していた以上のスローペースに驚いた。

大丈夫なら、脚を降ろしてみる。ゆっくり立ち上がり、様子を見る。足踏みをしてみる。すぐ近くのトイレの前まで往復できたら、そこでようやく点滴や導尿の管が抜ける。必死のプロセス。たった1日とはいえ全く動けない状態が続くと、そのあとは、これほどに時間をかけないと、起きて歩くことができない。

もちろん手術を受けたことによる体へのダメージは大きいのだが、動けないことが精神に与えるダメージも同じくらい大きかった。「病は気から」というのは、書けばたったの5文字だし、意味もわかっているつもりだったが、そうではなかった。今回の経験で、本当の意味を理解した。心と体はつながっていて、連動する、ということだ。

こうしてみると、心身症という病気があるのも納得できる。自分は心が強いから大丈夫だと過信していたが、体が大きな病気になってしまったので、今後は謙虚に、心身のつながり具合と、連動状態を丁寧にケアしながら生きていきたいと思った。

月曜早朝、病室の窓から見えた築地市場は、車も人も動き回っていた。ぐるぐると、せわしなく、止まることなく動いていた。その光景を見ているだけで、力が湧いてきた。「動く」「動ける」「動かす」というのは、すばらしいことだ。何かを起こすエネルギーの源だ。

乳がん 築地市場

慣れないドレーン


術後一日経っても、まだ抜けない管がある。それが、ドレーンだ。ドレーンとは、体内に貯まった血液や浸出液を体外に排出するための管のことだ。排出されたものを通して、手術した部分の状態を確認し、治癒の具合を見る。

私の場合は、乳房切除した傷口から10センチほど下のあたりの皮膚を突き破るようにして、二本、長いドレーンが出ていて、排液バッグに接続されていた。傷の部分から出る血液や浸出液は、ドレーンの中を通って、排液バッグに貯まる。貯まった液体は、最初は量も多く、血液の色をしているが、だんだん赤い色は薄くなり、約1週間後にドレーンを抜くころには、薄いだし汁のような色になる。そして量も減ると、抜いてもらえる。

乳がん 入院 ドレーン

抜いてもらうまでの約1週間は、ずっとドレーンが刺さったままだ。なので、動くときに邪魔にならないように、たるむくらいのゆとりのある長さにしてあって、バッグのなかの排液がドレーンを逆流しないように、常に挿入部よりも低い位置に置くようにする。

引っ張って抜けないように、また、ねじれたり、折れ曲がったり、体の下敷きになってつぶれたりしないように気を付けなければならない。痛くはないのだが、異物が体の中に入っている違和感は常にあり、結局最後まで慣れることはなかった。
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文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

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