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乳がんという「転機」


体感時間1分。甘かった…


先生の顔が視界から消えると、今度はマスクを付けられた。

あ、マスクだ、と思っているうちに、手術は終わっていた。体感時間1分。

目を開けたら、看護師さんの笑顔があった。私の体は手術台からベッドに移されていた。ローラーが付いているベッドなので、そのまま病室に移動した。そこで、夫と母が待っていた。

夫は、私の手術後に執刀医から説明を受けた内容について、簡単に教えてくれた。センチネルリンパ節を一つ取ったところ、リンパ節転移はなかった、詳しい病理検査の結果は1カ月近く先にわかる、とのことだった。

手術にかかった時間は、1時間半だったそうだ。短い。36時間かかった娘のお産や、3700gの巨大児だったせいで最後なかなか出てくることができなかった息子のお産のほうがつらかった……と思っていたら、甘かった。

術後丸一日は、体じゅうを管につながれて、微動だにできなかった。動けないというのは事前に知ってはいたが、実際にその状態になってみると、ここまでつらいのかとショックを受けた。痛み止めの点滴をしていても傷口は痛かったが、動くことができない状態は、傷口の痛みよりつらかった。体が全く動けないせいで、心まで動けなくなりそうだった。

1日だから我慢できたものの、この状態が1週間、1カ月、1年、それ以上続いている人のつらさは想像を絶する。

2005年に90歳で亡くなった祖母は、最後の数年は寝たきりで、実家で母が介護していた。祖母は、寝たきりになってしまった途端に会話ができなくなり、反応が鈍くなった。動けないせいで、生きるパワーが体をめぐらなくなったからだと思う。どれだけつらかったことかと、今になって少しだけわかる。

両脚には、血栓防止用にマッサージ機が巻かれている。寝ている間もずっと付けていなければならず、ウィーン、ウィーンと動いていた。夜中は、定期的に訪れるウィーンウィーンがBGMで、傷が痛くなったときには、手に握っている痛み止めの点滴のボタンを押した。

押しすぎると、副作用の吐き気に襲われた。吐いたら汚してしまうので、危なくなるたびに、看護師さんに来てもらうためのボタンを押した。吐き気より痛みのほうがましかもしれない、と思い、痛み止めボタンを押す回数を減らしてみた。それほどちっぽけな試行錯誤をするくらいしか、できることがなかった。痛いのと、気持ち悪いのとの繰り返しで、ほとんど眠れなかった。

文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

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