これはフランス語で「美食」という意味だ。食を通じて、その土地の歴史や文化などを体験する「ガストロノミーツーリズム」なるものも、ホンモノを志向する旅慣れた人たちの間では世界的なムーブメントになっており、ユネスコの無形文化遺産に登録された日本の「和食」も内外から改めて注目されている。
伝統食材や旬の素材を活かし、高度な技術や調理法を使い、プレゼンテーションにも意匠を凝らしたクリエイティビティあふれる料理。一流の料理人が手間暇をかけ、心を込めてもてなす。そんな料理に舌鼓を打つ、美食家と呼ばれる人たちが私のまわりにもたくさんいる。
素敵なレストランや料亭で、美しくセッティングされたテーブルの前に座り、できたての料理が運ばれるのを待つ。皆いっせいにいただき、その逸品を存分に味わう。食事が終わればきれいに片付けられる。まさに「上げ膳据え膳」のお客様だ。
でも美食って、そんなお行儀の良い世界にしかないものなの?
日常の食卓で、和気あいあいと食べることが何よりも好きな私には、そこにどうしても違和感を覚えてしまう。美味しいものを食べることはもっと自由で楽しくていい。そもそも美食の本質って何だろう?
ミシュランで星がつくレストランのシェフも会員
そんな思いを巡らせていた矢先、出張ついでに世界屈指の美食の聖地を訪れることになった。そこは、スペイン北部のバスク地方にあるサン・セバスチャンという街。
約60㎢に人口が約18万人とけっして大きくはないが、人口あたりのミシュランの星の数は世界一で、予約なしで立ち寄れるバルも味は一流レストラン並みだ。
ピンチョス(小さく切ったパンに少量の食べ物をのせた軽食)だと1〜5ユーロくらいで気軽に食べられるので、現地で暮らす人々はピンチョスをつまみにバルを3、4軒はしご酒するのが慣例だ。
さらにこの地方には、とても興味深い食文化が継承されている。それは「ソシエダ・ガストロノミカ」(Sociedad Gastronómica)である。日本語では「美食倶楽部」と訳され、最も古いもので1870年につくられた女人禁制の会員制の料理サークルだ。
サン・セバスチャンだけでも100カ所以上あるが、さすがに最近では女人禁制は少なくなり、ソシエダの多くが女性も子どもも一緒に食事を楽しめるようになっている。
それぞれのソシエダには定員があり、会員権は親から子へ譲渡ができる。会員の空きを待つウェイティングリストも存在するが、既存の会員が一人でも反対したらその人は新たな会員としては認められないといった厳格なルールが敷かれているところもあり、伝統のある名門なソシエダほど信頼関係を大切に守り、敷居が高い。