ビジネス

2020.02.10

アートとビジネスの融合がもたらす「歪み」の正体

Iordache Laurentiu / EyeEm / Getty Images


私は、バークリー音楽院で専門教育を受け、プロとしてのキャリアを積んだアーティストでもあります。音楽業界からコンサルティング業界に転身したことで、多くの気付きを得ましたが、アーティスト時代には、さまざまな圧力のなかで本当にやりたいことが自由に表現できないというジレンマがありました。

だからこそ、ビジネスの世界では、既成概念に囚われない「アーティスト」として、イノベーティブな発想で感性を表現することに徹しました。言葉で表現するのは簡単ですが、行動するのは容易なことではありません。これは、アートではなく、作品を創り出す側の考えですので、「アーティストの思考」といえるでしょう。

音楽の世界では、アーティストを育てるために、幼少期から伝統的な音楽の基礎を訓練させられ、身体の芯に叩き込まれます。この訓練は、ヨーロッパ流のクラシック音楽による、音楽理論から演奏技術までの体系的な教育メソッドによって確立されています。

訓練の初期は、感動はなく、理論を学ばせるトレーニングだけが行われるので、忍耐力が求められます。子供のころ、友だちが鬼ごっこをしているときに、退屈な練習曲を何時間も弾き続けなければなりません。表現者として楽器と一体となる方法を身につけるためには、1日の多くの時間、理論を学び、楽器を演奏することが求められます。

つまり、この教育メソッドは、音楽理論を意識せず自分の身体の一部にし、楽器と一体化するためのものなのです。音楽だけではありません。美術の世界においても同じことが言えると思います。基礎が体の芯と一体になっているからこそ、初めて大胆に新しい表現を創造できるようになります。

伝統をぶち壊して新しいものを生み出すアーティストは、徹底的に理論を学び、基礎を身につけ、歴史を知り、過去のアーティストに対して高い敬意を払っているのです。アーティストの創造性は、理論の上にそれを越えて成り立っています。

アイデンティティこそがアーティストの要


では、このようなアーティストは、どんな思考を持っているのでしょうか? 多くのアーティストは、アートつまり作品を、自分のアイデンティティだと信じています。それは、社会性や合理性とリンクしているわけではなく、自分の奥に潜む「基本欲求」に近いものによって動かされています。

表現されたものが作品となり、世の人の心も動かすわけですが、それをビジネスにしようとするとどうなるでしょうか。企業はアーティストの「表現」を「商品」としてとらえ、マーケティングという経営ツールによってアーティストのアイデンティティよりもビジネスを優先し、商品として売れるように変化させてしまいます。

アーティスト自身も、ビジネスとして成功すること自体はよいのですが、最も辛いのは、それによってアイデンティティを壊されてしまうことなのです。

私が音楽の現場で見たアーティストたちも、自分を自由に表現できる創造性に溢れた世界とはかけ離れ、ビジネスの考え方が大きく支配した世界にいました。いかにプロデューサーやリスナーの動向を把握し、彼らの嗜好に合った楽曲を創り出すかが成功の鍵でした。

1970年代にプログレッシブ・ロックのバンド、エマーソン・レイク・アンド・パーマーを率いて世界的スターとなったキース・エマーソンは、自伝で当時の音楽シーンを振り返り「ミュージシャンが企業の介入なしに自由に活動できた時代だった」と表現しています。

これは裏を返せば、その後は、大物アーティストでさえ、企業という論理的思考を持つ壁が立ちはだかっていたという現実が、この言葉からうかがえます。そして、それが年々色濃くなっているのも事実です。
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文=松永エリック・匡史 構成=細田知美

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