岩瀬:僕が文楽を観るのは、仕事に生かすためでも、仕事を忘れるためでもない。単に芸術性の高いものに触れたいだけなんです。
文楽は、案外とっつきやすいんですよ。美術館やコンサートに行く感覚で、気負わずに楽しめるものなので、みんなきっかけさえあればいいのになと思います。クオリティは高いし、わりと気楽に行けるし、日本の伝統芸能でもあるわけですから。まずは一度、行ってみてほしいですね。
小泉:僕が最初から印象的だったのは、独特の景色と空気感です。殺人シーンなんてもう、何度もグサグサ刺すわけですよ。これでもかというくらい。人形でしょう? なのに、目を背けたくなるほどの凄惨さ、ドラマや映画以上の生々しさを感じるんです。そして見ているうちに、人形遣いが人形を動かしているのか、人形が人形遣いを動かしているのか、わからなくなる。何かがある、そんな怖い世界です。
それに、神聖な感じもあります。幕が開き、黒衣姿の人形遣いが「トザイ、東西〜」と口上で太夫の名前を述べると、太夫は見台から床本を取り上げて高く掲げる。一連の動作が、まるで神事みたいで。あのときの織太夫さんの、自分の人生を捧げている、すべてをかけて向き合っている感じ──怖い世界と言いましたけど、日常とは違う非現実の時空に立ち入るときに「無事に帰ってこられますように」と祈るような感じでしょうか。
鑑賞するときの心構えが、肩肘張らない落語とはまったく違う。同じ日本の芸能でも両極で、どちらの楽しみも持っているというのが、僕にはいいんです。
近松門左衛門の世話物『女殺油地獄』。写真のシーンは、油桶が倒れ、 床に流れる油に滑りながらの凄惨な殺し場。(写真提供=国立劇場)
──文楽同好仲間として、お互いにひと言。
小泉:文楽の扉を開けるきっかけをくれたのが、岩瀬さん。ですから文楽を好きになれたのは岩瀬さんのおかげです。政治家でも経営者でも、人は、熱いかどうか。岩瀬さんは、文楽に対する熱さが図抜けていた。とにかくこの人は、文楽が好きなんですね。その岩瀬さんが、僕を文楽に連れていく、とみんなの前で言い切ったんです。それが僕を動かした。結局、すべて人なんですよね。
岩瀬:政治家は、海外に出たらみんな外交官みたいなもの。進次郎さんのように国を代表するリーダーが、日本の宝である文楽をすごく好きでいてくれるのは、素晴らしいことだと思っています。
小泉進次郎が日本を代表するリーダーとして今後さらに活躍するときに、文楽は一つの大きな武器になるはずです。世界で戦うビジネスリーダーにとっても、文楽は武器になりますよ。
──お好きな演目を一つだけ選ぶとしたら?
岩瀬・小泉:『曽根崎心中』!
『曽根崎心中』は近松世話物の第一作。曽根崎の森で起きた情死事件を脚色して翌月に初演、世間を驚かせた。(写真提供=国立劇場)
岩瀬大輔◎1976年、埼玉県生まれ。東京大学卒。ハーバード大学経営大学院修了後、2008年に出口治明氏とともにライフネット生命保険を設立。13年に同社代表取締役社長、18年に取締役会長に就任。19年6月に会長を退任。11年刊行の著書『入社1年目の教科書』がベストセラーに。
小泉進次郎◎1981年、神奈川県横須賀市生まれ。関東学院大学卒。米国コロンビア大学にて政治学修士号取得。米国戦略国際問題研究所(CSIS)研究員を経て、2009年より衆議院議員。13年に内閣府大臣政 務官・復興大臣政務官に就任。19年9月より環境大臣兼原子力防災担当大臣。