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私たちは、週に何時間もニュースを見たり、ソーシャルメディアを確認したり、意見記事を読んだりすることで、自分自身の傑作を生み出せない状況に陥っている。インターネットの普及により、人は新たな情報や手軽な娯楽に対する飽くなき欲求のとりことなった。

ツイートの閲覧100件につき1件を自分でツイートし、読んだ記事5本につき自分の記事を1本公開し、ユーチューブの視聴1時間につきチュートリアルやウェビナーを作ったりしたら、どうなるだろう? あるいは、書籍を数本読むたびに、自分の本を執筆したら?

直近の1時間を、ニュースやソーシャルメディアの消費ではなく、素晴らしい記事を1本書くことに使っていたとしたら? 自分が見たものから影響を受けるのではなく、他者に影響を与えられるとしたら? 魅力的なコンテンツを作り、人々に影響を与えることは、スキルでありアートだ。練習を重ねる必要があり、そうすれば上達するものだ。

人は最終的に、自分が消費するものに消費されてしまう。手軽な娯楽や、悪いとは分かっているがやめられない快楽として始まったものが、それ以上のものになる。今やあなたは、ネットフリックスの新ドラマのストーリー展開や登場人物に夢中だ。同じドラマを見ている人と意見を交わし、もはやその深みから抜け出せなくなる。

周囲からは「あのドラマを見ている人」として認識され、会うと真っ先に聞かれるのはドラマのこと。番組に関する会話が他の会話を置き換え、あなたのアイデンティティーの一部となって、あなたを定義し始めるようになる。最初は無害なテレビを軽く見るだけのつもりだったのに──。

シリコンバレーで働く人々は、ハーバード・ビジネス・スクール卒のエリートと手を組んで、依存性の高いアプリやウェブサイトを意図的に作り続けている。あなたは交流サイト(SNS)のフィードをスクロールして、皆が投稿するあらゆるものを消費し、他人の生活について全て把握している。だが、それは何のためだろう?

自分を他人と比べることで劣等感を持ち、その人の旅行や生活、体形を欲するようになる。また、他人がしていることや経験していることについてばかり考えたり話したりするようになる。他人の人生ばかりを見て、自分の人生のことには集中できない。

編集=遠藤宗生

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