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2020.01.31 18:00

左胸に、さよならを。幸せな人生とは何か|乳がんという「転機」#7


病室からは、親友Mの住んでいる建物が見えた。反対側だったら会社が見えてしまったので、ラッキーだった。大げさじゃなく、Mが見守ってくれている気がした。

当初は2人部屋を希望していたが、空きがなかったので、4人部屋の窓側のベッドになった。同室には、私と同じく明朝手術を受ける予定の淑子さんと、昨日手術を受けた香織さんと、莉子さんがいた。

私が、部屋に一つある洗面台で歯磨きをしていると、すぐそばのベッドにいる莉子さんが、「あした手術ですか? がんばってね。あさってには歩けるから」と笑顔で声をかけてくれた。こちらは不安で顔が固まっていたので、莉子さんの笑顔がありがたかった。

あさってになれば、私も笑顔になれるのかもしれない。4人部屋でよかった。みんなそれぞれいろいろ抱えてここにいるのだろうなあ。

センチネルリンパ節生検


ここまでは強い痛みを感じる検査はなかったのだが、手術前日の乳腺ラジオアイソトープ注射は、強烈に痛かった。マンモトーム生検の麻酔とは比べものにならない痛さだった。狭い部分をピンポイントで、肉がちぎれるくらいにつねられる感覚。

普通の注射だと大抵は「もうだめだー」というところで終わってくれるのだが、この注射は上限知らずで、痛みが強くなっていき、なかなか終わってくれなかった。こんなに痛いものだとはどこにも書いていなかったので油断していたこともあり、「イタタタター」と大声を出してしまった。男性技師が申し訳なさそうにしていた。

がん細胞がリンパ節に転移するときに、最初に転移するのを「センチネル(見張り)リンパ節」という。早期の乳がんでは、手術中に、このセンチネルリンパ節のみを切除して顕微鏡で検査するセンチネルリンパ節生検が行われる。

ここでセンチネルリンパ節への転移が見つからなければ、それ以外のリンパ節も取ってしまう「腋窩リンパ節郭清」を省略できる。転移が見つかれば、そのまま郭清をする。不必要な郭清を防ぐための方法だという。前日に微量の放射性物質(アイソトープ)を注入すると、センチネルリンパ節に集まるので位置がわかり、その部分だけを確実に切除する。

13:30に激痛注射、撮影、また16:30に撮影、というスケジュールだった。注射は初回だけとのことで、安心した。16時頃、突然主治医がベッドをのぞきにいらっしゃった。「大丈夫? 予定通りでね」とひとこと残して、飄々と去っていった。たった5秒だったが、ありがたかった。
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文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

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乳がんという「転機」

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