真のラグジュアリーとは、人の心を揺さぶるもの


山頂のキノコ料理

最近だと湯道(第40回に詳しい)の取材で訪れた「Zenagi」という宿泊施設も印象深い。2019年4月に長野県南木曽町にオープンしたばかりの全3室のラグジュアリーホテルで、コンセプトはずばり、「日本の田舎を探検する」だ。
 
ガンツウと同じく、まずは空間が素晴らしい。江戸時代に建てられた古民家の巨大な梁や柱の木組み、煤で黒光りする天井を生かし、木曽の職人たちが地元の木材でつくったオリジナル家具が宿のアクセントとなっている。

食ももちろん最上級。カウンター6席だけのレストランは、大きな窓から美しい田園風景を望める。和食は懐石料理の名店「銀座 うち山」の内山英仁氏、洋食はイタリア・シチリア島の「Bye Bye Blues」のシェフ、パトゥリツィア・ディ・ベネディクト氏がそれぞれ監修。だが、星付きシェフの料理以上に僕を感動させたのは、カウンターで働いていたひとりの女性だった。彼女は料理で使われるおいしい野菜をつくっている農家の女性だったのだ。自分が手をかけて育てた野菜を一流のシェフが料理しサーブする。その現場にサービスとして立つことで、彼女は得も言われぬ喜びの表情をたたえていた。

「Zenagi」の素晴らしさはそれだけではない。取材で来ていた僕は時間の都合上体験していないのだが、ここには「アウトドア体験ツアー」が各種取り揃えられている。例えば春夏には、3000m級のアルプスの山々を望みながらパラグライダーで空を飛ぶ「スカイ・アドベンチャー」や、美しい棚田の中を電動マウンテンバイクで駆け抜け、お茶摘みや和紙漉きなどの文化体験をする「ヴィレッジ・アドベンチャー」。秋にはウエットスーツやドライスーツ、ヘルメット、ライフジャケットなどを装着して川を自ら流れながら紅葉を眺める「キャニオニング」。冬には雪原の中を進み、凍った滝のつららを取ってロックウイスキーを飲むというアクティビティまである。

これも湯道の取材だったが、この夏、大分・別府に完成した「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」を訪れたとき、フランス人GMのステファン・マッサリーニさんの言葉が非常に腑に落ちた。「日本人はラグジュアリーの定義を勘違いしている方が多い。例えば、伝統工芸の器で一流シェフの料理を出すことがラグジュアリーなのではない。それよりも登山の途中で採ったキノコを山頂でシェフに料理してもらって食べることのほうが数倍心に残る。つまり、そこに共感と感動があって、初めてラグジュアリーと言えるのです」
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イラストレーション=サイトウユウスケ

この記事は 「Forbes JAPAN 1月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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