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この経験があったから、One Tokyoの構想が動き出した。いろんな人が関わってしまうと、新しいことができない。であれば、ゼロからサッカークラブを立ち上げ、自分たちのやりたいことができる環境にすればいいのではないか、ということでOne Tokyoを立ち上げることにしました。One Tokyoのコンセプトでもある“全員参加型”の考えも、SVホルンの経験から生まれています。

個人的には2015年に千葉の海浜幕張にスポーツ施設「ZOZOPARK HONDA FOOTBALL AREA」をオープンしたとき、本田と「この施設を拠点にサッカークラブをつくってみないか」と話していて。結局、その話は実現しなかったのですが、5年の時を経て「サッカークラブをつくる」という夢をスタートさせることができる。とても感慨深いですね。

ツイッターで人生が180度変わった

──運営責任者に抜擢された奥山さんは、本田さんとツイッターで知り合った、と。

奥山:僕は慶應義塾大学の4年生で、今までサッカー部のマネージャーをしたり、一般社団法人「ユニサカ」を立ち上げたりしながら、スポーツ振興に取り組んできました。4年になり、自分の人生と向き合い、今後のキャリアを決めなければいけない中で、小さい頃から持ち続けた「自分でサッカークラブを持つ」という夢は捨てきれずにいたんです。

とはいえ、一緒にやってくれる仲間や自分の実力、経済面などを考慮すると、今すぐに何かできるわけではない。夢と現実の葛藤を感じていたところ、2週間前に思い切って本田さんに連絡してみたところ、返信が来てお会いすることになりました。実際に会って話をする中で「一緒にやろう」と言っていただき、運営責任者に任命されました。

──具体的にどのような話をされたのでしょうか?

奥山:「僕の夢は◯◯で、夢の実現に向けて今まで◯◯をしてきました。ただ、自分の現状では夢の実現には限界があると思っています」と相談に近い形のDMを送りました。それで「では一度会ってみましょう」と言っていただき、実際にお会いし、One Tokyoのプロジェクトの詳細や人生観を語っていく中で意気投合しましたね。

当時、本田さんがOne Tokyoをやろうとしていることは全く知らなくて。自分がDMを送ったタイミングは本当に奇跡だったなと思います。

鈴木:自分のところに「良介、いい人を見つけたぞ」って、いきなりLINEが来たのでびっくりしましたね(笑)。

──運命的な出会いだったんですね。

奥山:僕は半年間大学を休学していて、体育会の同期や大学の同期は日本を代表する企業に内定をもらっていく。そういった友人たちの姿を見て、「果たして俺の人生はどうなっていくんだろう」という思いがあったんです。理想を追求したいけど、追求できるほどの自信もないし、余裕もない。2週間前は本当に先が見えず真っ暗な世界を生きていたのですが、DM経由で本田さんと出会って人生が180度変わった。激動の2週間です。

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