Forbes JAPANには、本誌2015年11月号「みんなの大逆転」特集に寄稿していただいた貴重な原稿がある。
編集部の「今、読み返したい大逆転の文学を選んで欲しい」というリクエストに、20年余りにわたる週刊文春での連載であり、名エッセイである「文庫本を狙え!」の作者ならではの、珠玉の文庫本を選んでいただいた。ここに再掲し、心よりご冥福をお祈りしたい。
以下、Forbes JAPAN No.16 2015年11月号P.78より再掲
「東西の名作が描く、死の目前に見る希望」 坪内祐三 評論家、エッセイスト
編集部のリクエストは「大逆転の文学」を4冊ということですが、私が読む文学はエンタメ系ではなく、いわゆる純文学系ですのでハッピーエンドはほとんどありません。
それでも、とりあえず4冊選びましたが、1200字では語りきれないので、まず2冊にさらっと触れ、残り2冊を中心に紹介します。
大逆転小説の定番といったら、ヤクルトスワローズをモデルとしたエンゼルスを広岡達朗監督が“ドンケツ”から初優勝へと導く『監督』でしょう。
アメリカにホラシオ・アルジャーという大通俗作家がいて、その130冊もの作品は常に主人公の少(青)年が富と名声を手に入れるサクセスストーリーです。ナセニェル・ウェストの『クール・ミリオン』はそのパロディーで、主人公は次々と悲惨な目に遭いますが、最後は「殉教者」として人々に称賛されます。
トルストイの『イワン・イリッチの死』(岩波文庫で100ページほどですからすぐに読めます)も悲惨小説です。
主人公のイワン・イリッチはエリート役人で美しい妻にもめぐまれています。
しかし彼は不治の病におかされ、死の恐怖と孤独にさいなまれます。まわりの人が「あの人はまるで死人です」と言って、彼に気を使えば使うほどその恐怖と孤独が増して行きます。
しかし最後に大逆転があるのです。
それは亡くなる直前のことです。死の恐怖についてさがせばさがすほど、それが見つからなくなって行きます。「いったいどこにいるのだ? 死とはなんだ? 恐怖はまるでなかった。なぜなら、死がなかったからである」。
これに続く一行が感動的です。
「死の代わりに光があった」