ゲコノミストが考える、「下戸市場」の可能性

米ノンアルコール・クラフトビール醸造所「アスレチック・ブリューイング」共同創業者のビル・シュフェルト(左)は、健康のために飲酒をやめたところ、「おいしいノンアルコールビールが少ない」と感じたことから起業を決意した。

33歳でお酒をやめた筆者。以来、飲食店で「下戸」として不当な扱いを受けてきた。そうした偏見や時代の変化を社会が認識できれば、新たな“市場”が生まれるかもしれない


近年、「若い人がお酒を飲まなくなった」という話をよく聞く。実際、厚生労働省の「国民健康・栄養調査(平成29年)」によると、週3日以上お酒を飲む人は50代では36.8%だが、20代では12.3%しかいない。

ちなみにお酒を「ほとんど飲まない」「飲まない(飲めない)」「やめた」の合計は50代でも46.3%いて、20代では56.5%と半数以上を占めている。このような状況から飲食業界や飲料メーカーへの影響を懸念する声もあるが、処方箋はあるのだろうか? 

先に私自身のお話をすると、体質的にお酒に強くはなく、33歳で飲むのをいっさいやめた。きっかけは、喘息を患ったことである。お酒は喘息の発作を誘発するので、口にできない。こうして私は「下戸」になった。

お酒を飲める人には、下戸の気持ちはなかなかわからない。私自身、下戸になるまではその気持ちがわからなかったが、お酒を飲めなくなると、酒の席で不快な思いをする場面が少なくないことに気づいた。

例えば、私はよくお酒を飲む人から「飲めそうなのにね」と言われる。悪意のない言葉だとわかってはいても、こう言われるとまるで相手の期待を裏切ってしまったようで、残念な気持ちになる。

また、「お酒が飲めないなんて、人生の楽しみの半分を失っている」などというのもよく言われることだが、それはお酒を飲む人だからそう思うのであって、下戸にとってお酒は楽しみでもなんでもない。こういったことを言われて「余計なお世話だ」と腹を立てている下戸の人は多いのだ。

特に飲食店では、「正当に扱われていない」と感じることがよくある。ノンアルコール飲料を注文する際、店員からあからさまに「こいつは客単価が低いな」という目で見られた経験をもつ下戸の人は少なくない。お金を払う用意はあるのに、お酒が飲めないだけで「金払いが悪い客」のように扱われるのは不愉快だ。

接客に問題がなければよいというものではない。高級なレストランでさえ、分厚いワインリストにはアルコールのメニューが豊富にあるのに、ノンアルコール飲料はメニューのどこに載っているのか見つけるのさえ難しかったりする。そしてやっと見つけたと思ったら、烏龍茶やオレンジジュース、コーラ、ジンジャーエールに炭酸水くらいしかなかったりするのがしばしばだ。

「下戸にはこれで十分だ」というのが、多くのレストランの考えなのかもしれない。こうして、下戸にとっての飲み会はときに「烏龍茶がぶ飲み大会」になってしまう。

下戸の人たちがこのように残念な思いをしていることを、飲食業界の人はあまり想像できていないのだろう。飲むのが好きな人が集まりやすい業界なので、どうしても気づきにくい。しかし投資家としてこの状況を見ていると、下戸の人たちの不満を放置しているのは飲食業界にとっても大きな機会損失に思えてならない。

本当においしい飲み物であれば、高くてもお金を払ってよいと考えている下戸は少なくない。飲食店は、お酒が飲めない人を「客単価が低い」と冷たい目を向けるのではなく、ノンアルコール飲料のメニューを拡充してお酒が飲めない人の客単価を引き上げる努力をすべきではないだろうか。

いずれ酒飲みは「ノン下戸」に?

「ノンアルコールメニューを増やすとアルコールのオーダーが減るのでは?」という人がいる。だが飲みたい人はお酒を頼むので、ノンアルコール飲料の拡充がアルコール市場を縮小させるわけではない。
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文=藤野英人

この記事は 「Forbes JAPAN 1月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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