大学教授から研究を奪う、皮肉な「支援」

はらりと柿の葉が舞い散る秋の終わり頃、大学の研究棟はうわ言で満たされる。「カケン、カケン」。文部科学省が研究者に交付する競争的資金、科学研究費の略称である。

カケンは人文・社会科学から自然科学、基礎から応用までのありとあらゆる学術研究を対象とし、チャレンジ的研究か基盤研究か、個々人かグループか、若手向けか、などが事細かに分かれている。

年間2000億円を超える規模で、日本のすべての大学人たちの研究を支えていると言っても過言ではない。外部競争的資金なので、研究計画をしっかりと練り上げて、11月半ばの締め切りまでに提出しなければならない。競争率はおよそ4倍、10万件ほどの応募に対して、採択件数は2万5000件程度という狭き門だ。

ほとんどの大学がカケンの応募をノルマ化している。採択率が大学の格付けに直結するからだ。過去10年間、採択件数の過半を国立大学が占める。総合上位10大学は東京大、京都大などすべて国立。早慶ですら11位、12位あたりのポジションである。

応募書類の記載と関係資料の収集に追われる先生たちの、作業とストレスの量は半端ではない。夏休み前から準備に追われ、教授会では毎回のように話題に上る。学長自ら教員一人ひとりの進捗状況をチェックする大学も少なくない。

そもそも文系教員の固有の研究費は少ない。それも傾向的に減少の一途を辿っている。国立大学の場合、20年前には平均、年間50万円程度だったが、昨今では20万円以下といわれる。私立大学ではゼロというケースも増えている。したがって、出張研究や膨大なデータ、希少資料入手を必要とする研究は、大学から支弁される研究費だけでは不可能。アルバイト・スタッフなどとても雇えない。ごく一部の有名大学でもないかぎり、民間からの研究寄付金は当てにはできない。頼るものはカケンのみである。

大学への競争原理導入は正しい方向だし、その一環で研究費も競争的にするという視点は重要だ。そもそも民間会社では、競争など言わずもがなである。しかし、競争が自己目的化したり、競争の結果が却って研究を阻害してしまう落とし穴に嵌ってしまう危険性もあるような気がする。

まずは、現下の大学研究者が抱える問題を正確にとらえておくべきだ。大学と民間会社をそれぞれ経験した立場から見ると、大きな課題が二つある。時間とお金だ。
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文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN 1月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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