経済・社会

2020.01.20 16:30

当代随一の人気作家の「当たり前」を疑うアウトサイダー思考

イラスト=Paul Ryding

アメリカでは新刊が出るたびに書店に平積みされ、必ずと言っていい程のベストセラー。強引に日本で例えるならば、ノンフィクション版の村上春樹、とでもいうべきか。マルコム・グラッドウェルは、研究者を取材した膨大な科学的根拠と日常のありふれた出来事を縦横無尽に語りながら人々が「当たり前」と思っていることに疑問を呈する「ポップ・サイエンス」という彼にしかできないジャンルを生み出した人気の作家だ。

ワシントン・ポスト紙、ニューヨーカー誌などのメディアでジャーナリストとして経験を積んだ後、デビュー作『The Tipping Point(邦訳:ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか)』(2000年)では、流行や行動が爆発的な勢いで伝播するのはどのような原因があるのか医学や社会学を用いて解明を試み、世界的な大ヒットとなった。この本が、その後の行動経済学の人気の導火線になったという見方もある。

2005年の『Blink(邦訳:第一感「最初の2秒の「なんとなく」が正しい」』では、「直観」についての人々の考えを改めさせ、2008年の『Outliers(邦訳:天才!成功する人々の法則)』、2013年の『David and Goliath(邦訳:逆転!強敵や逆境に勝てる秘密)』では同じ手法で「才能」について人々に再考を促した。

昨年11月、待望の新刊『Talking to Strangers』を上梓したマルコム・グラッドウェルにNY在住のジャーナリスト、肥田美佐子がインタビューを行っている(Forbes JAPAN 12月25日発売号P.78-81に掲載、「世界的ベストセラー作家が挑む「断絶を乗り越えるダイアローグ」)。引用させてもらうと、自身の執筆スタイルについて問われ、こう答えている。

「人間の行動を説明づける素晴らしい学術研究は多いが、一般の人々の手には届きにくい。だから、その2つの世界の間に身を置き、そうした考えを噛み砕いて一般読者に届けるという仕事は、社会において極めて重要な役割を担っていると思う。一般の人々には豊かな経験があっても、それを体系化し、意味を解するすべがほとんどない。人生の意味を理解するためのツールを提供することが私の仕事だ」。

新作が出る度に大きな反響がある作家だけに各方面からの批評も手厳しい。主な辛口の批評は似通っていて、科学的なリサーチを過度に単純化し、実生活の煩雑な物事から適当なものを抜き出し、うわべだけの訓戒をたれている、というものだ。

しかし、当人は批判をあまり意に介していないようだ。彼の影響力は大きく、ポッドキャスト『Revisionist History』はエピソードごとに300万人の視聴者がおり、世界中の講演会場を満席にし、ファンたちと強い絆を築いている。その理由について、ロンドンの政治・文化メディア「NewStatesman」でライターのイアン・ラスリーは、興味深い言葉で表現する―「He is an intellectual hedonist(彼は知的快楽主義者だ)。彼の根本的な考えは、アイデアは楽しむべきものであるべきだ、ということだ」、と。
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文=岩坪文子

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