彼の創作の秘密は、どこにあるのだろうか? 前述の肥田によるインタビューでは、こう語る。
「英国で生まれ、カナダで育ち、ニューヨークに移住してきたため、アウトサイダーとして、物事を新しい視点でとらえやすい。外国人として米国を眺め、異なる視点から質問を投げかける。それが成功の源がどうかは分からないが、米国の文化に属していないという『違い』のおかげで、物事を異なる尺度から追及してきた」。
彼の父はイギリス人の数学者、母はジャマイカ人の心理学者だ。両親はイギリスの大学で出会い、カナダに移住した。彼の自身を指す「アウトサイダー」という言葉には、人種、文化を含めたさまざまな意味が込められている。
そして、新刊『Talking to Strangers』では扱っているのはこの「違い」だ。2人の見知らぬ人間が遭遇し、悲劇的な事柄が起こった場合、我々はどれだけ個人を責めることができ、どれだけ状況を責めることができるのかという、過去の作品よりもさらに混沌とした問題に足を踏み入れている。
2015年にアメリカのテキサス州で実際に起こったサンドラ・ブランド事件(黒人女性が白人警官に軽い交通違反で注意を受けたが、両者の争いがエスカレートし、最終的に女性は逮捕され、収監中に首を吊って自殺した)の経緯を丹念に追い、両者それぞれの立場から、どんな要因が悲劇的な結末をもたらしたのか、心理学や社会学といった見地から読者の偏見と思い込みに挑む試みを行っている。
それ以外にも、第二次世界大戦開戦前夜のヒットラーとネヴィル・チェンバレン、巨額詐欺を働きながら信頼され続けたウォール街の投資家、バーナード・マドフなどさまざまなケースを取り上げ読者の注意をそらさないが、特に筆者の注目を引いたのはアマンダ・ノックス事件だ。2007年、イタリア・ペルージャのアパートでイギリス人女性の惨殺死体が発見され、国内外メディアの大きな注目を浴びることとなった。
ルームメイトのアマンダ・ノックスが恋人とともに逮捕され、有罪判決を受けるが、15年に無罪となる。誤認逮捕の原因となったのは、親しい友人が殺されたのに「ふさわしくない」不可解な行動とあいまいな言動を繰り返したからだ(それは思春期に特有の自己顕示欲と、ドラッグの影響によるものだったのだが)。「被害者はこうあるべきだ」というイメージから乖離すると、大衆は暴走する。その怖さを改めて感じさせるエピソードだった。
思えば、毎日流れてくるニュースの多くは、元を正せば「勘違い」による悲劇だ。SNSは主義主張の分断を進め、合意や妥協からは遠く離れていく。セクハラもパワハラも、言い分は「相手はそう思っていると思わなかった」というものだ。隣国との歴史問題は解決の糸口すらいまだ見つけられていない。
邦訳は今年春には光文社から出版予定というから、相互不理解のニュースに辟易している日本人読者はぜひ楽しみに手に取ってもらいたい。
そう、隣国との歴史問題といえば、前述のインタビューでグラッドウェルは「現在、強い関心を持っているのは、国が戦争や悲劇的事件をどのようにとらえているかという、ナショナル・メモリー(国家の記憶)だ」と語っている。世界一流の「アウトサイダー」の目を持って、ぜひ日本も題材に取り上げて欲しいと興奮し、次回作が待ち遠しく、グラッドウェルの知的快楽主義に引っかかっている自分に気づくのであった。
『Talking to Strangers : What We Should Know about the People We Don’t Know』by Malcolm Gladwell, Little, Brown and Company(September 10, 2019)※邦訳は2020年4月に光文社より出版予定