世界的ベストセラー作家が挑む「断絶を乗り越えるダイアローグ」

イラスト=Paul Ryding


──19年8月30日付ニューヨーク・タイムズ紙の記事は、「幅広い読者層を想定せず、この本を書き直すとしたら、サンドラ・ブランドだけで1冊書ける」という、あなたの言葉を引用しています。どのような事件なのでしょう?

まず話しておきたいのが、何年か前、アフリカ系米国人と警官をめぐる事件が次々と報じられ、議論を巻き起こしたという点だ。(1992年の)ロサンゼルス暴動など、いくつもの人種暴動が、警官とアフリカ系米国人の間に起こった問題を発端に勃発している。

例えば、しばらく前に最も注目されたのが、ミズーリ州ファーガソン市で、黒人青年のマイケル・ブラウンが警官に射殺された事件だ(注:2014年8月、若い白人警官が、帰宅途中のアフリカ系米国人男性を呼び止めて口論になり、射殺したことで暴動が起こり、州兵が動員されるなど、深刻な騒動へと発展した)。

この一件以来、同種の事件が次々と報じられたが、その一つがサンドラ・ブランド事件だ。(15年7月)テキサス州の小さな町で、若いアフリカ系米国人女性が運転中、ウィンカーをつけなかったという、ささいな交通違反で警官に停車を求められ、両者の言い争いは激論に発展。警官は彼女を車から引きずり出し、逮捕したのだが、(3日後)女性が収監中に首をつって命を絶つという悲劇的な結末を迎え、大論争を呼んだ。

警官の車載監視カメラに一部始終が収められており、両者のやり取りが間違った方向に進んでいく様子がつぶさに記録されていた。これこそ、私たちが見知らぬ人とうまく交流できないことを示す、実に有用でパワフルな実例だ。

──あなたは、19年9月に放映された米テレビ司会者、オプラ・ウィンフリーの番組で、人々にブランド事件のことを忘れてほしくないと語っています。

米国史を振り返ると、アフリカ系米国人が警官にひどい扱いを受けた事件は何千とあるが、そのときだけ話題になって、すぐに忘れられ、問題が放置されている。だから、「いや、ちょっと待て」と言いたかった。この問題に取り組む唯一の道は、時間をかけて個別のケースを注意深く検証することだ。

──でも、ブランド事件だけに絞ると、この本が政治的になりすぎると?

そうだ。作家がやらなければならないことは、最もパワフル、かつ可能なかぎり適切な方法で話を展開するすべを習得することである。だから、ブランド事件を導入部で語り、話を広げ、社会のあらゆる部分にまつわる例を盛り込んでいくのが最も有益な手法だと考えた。そうすれば、読者は、テキサスの一黒人女性の話ではなく、自分にも関係のある問題だと認識せざるを得なくなる。
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インタビュー=肥田美佐子

この記事は 「Forbes JAPAN 2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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