グーグル元社員たちがつくる「電話会議」の最終兵器




何十人もの利用者が同時に参加できる電話会議アプリを開発した元グーグラーたちがいる。彼らの新アプリ「スイッチ」は、マイクロソフト・オフィスの脅威になるかもしれない。

 クレイグ・ウォーカー(49)は、電話会議用ソフトウェアの販売という事業を選んだことで、多くの戸惑いの視線を向けられてきた。なぜなら、電話会議ほど平凡で軽視されているテクノロジーはほかにほとんどないからだ。

 それに、ウォーカーと言えば、ウェブブラウザ用のダイヤル・システム企業「ダイヤルパッド(現在のヤフー・ボイス)」を率い、私用や社用の電話番号を1つの番号に集約できるサービス「グランドセントラル(現在のグーグル・ボイス)」を立ち上げた起業家だ。電話会議用ソフトは、彼に期待するような「ビッグ・アイデア」とは言いがたかった。

 それでも、創業してから3年経つウォーカーの会社「スイッチ・コミュニケーションズ」は、使うのが簡単で、暗証番号がいらないクラウドサービス「ウーバー・カンファレンス」でかなりの業績を挙げている。総通話時間が10億分に達し、月額10ドル(約1,200円)を支払うプレミアム・サービスの利用者から月100万ドル近く売り上げている。

 だが、ウーバー・カンファレンスはウォーカーの最終目標ではない。あくまで、活気がなく肥大化した業務用電話サービス市場を打ち壊すためのひとつのステップに過ぎないのだ。「電話会議は簡単に変えられるものでした。もともとの質が低かったからです。ただ、この世の電話番号が使い果たされない限り、音声ソリューションの次世代プロバイダーとして解決すべき課題は無限にあります」グーグルの「対MS秘密兵器」?

 そして2015年1月、ウォーカーは、満を持して新サービスの「スイッチ」を発表した。仮に、あなたに上司から電話がかかってきたとしよう。このアプリを使えば、携帯で受けた電話を、オフィスのパソコンにつながっているヘッドフォンに転送できるのだ。そして、スイッチをグーグルの企業向けサービス「グーグル・アップス」につなげば、電子メールや予定、共有ファイルなどのデータも取り込めるのである。

 スイッチ・コミュニケーションズは、まだ利益を挙げていなかったにもかかわらず、12年に推定6,000万ドルと評価され、1,500万ドルの資金を調達している。現在の企業価値はその4〜5倍だろう。スイッチは1人当たり月額約15ドルするが、これは「企業が支払ってきた額より40%も安い」と電気通信の専門家フィル・エドホルムは話す。さらに世界中にあるデータ・センターに自社のサーバーを置くことで、通話の質は最も価格が高い通信サービスにも劣らないとスイッチは自負している。「世界は、クラウドに向かって変わりつつあります。そうした新たな現実に沿ったシステムや製品があってしかるべきです」とウォーカーは語る。

 スイッチだけでも破壊力抜群だ。だが抜け目のないウォーカーは、自身の古巣であるグーグルに、対マイクロソフト戦略として「音声」を据えさせようとしている。その方が、オフィス関連サービス市場という、はるかに大きな市場を勝ち取れると計算しているからだ。事実、グーグルのビジネス用アプリ「グーグル・アップス・フォー・ワーク(Gメールやドライブ、ドキュメントなどが使用可)」はいまでは、マイクロソフト・オフィスのライバルに成長した。同アプリは、年10億ドル超の収益を挙げ、500万社の法人顧客を獲得し、さらに1日当たり5,000社が利用契約を結んでいる。

 そのグーグルは、ビデオ通話ツール「ハングアウト」が定員15人に達した後でも従業員がこのサービスに参加できるようにウーバー・カンファレンスを利用している。未来の会議は、電話かビデオか?

 とはいえ、スイッチの成功に対しては、「音声ではなく、動画が将来の会議手段になる」と考えるビデオ会議関連の企業から懐疑的な声が上がっているのも確かだ。「グループ通話で状況確認はできるかもしれません。でも、大きな会議で作業中の案件を見るにはビデオが必要になりますよ」と、ビデオ会議サービス企業「ブルー・ジーンズ・ネットワーク」のクリシュ・ラマクリシュナンCEOは話す。

 また、調査会社ガートナーのアナリスト、スティーブ・ブラッドは「ひとつの通信サービスを別の通信サービスにつなぐ仲介業者の数が増えれば増えるほど、スイッチは利益率を維持するのが難しくなる」と語る。彼はまた、マイクロソフトが「スカイプ・フォー・ワーク」の最新版を来年発売する予定があることや、ベライゾンなどの伝統的な電気通信企業もこの分野への参入を考えていることも付け加える。

 いま、ウォーカーは自分の命運を握っている。音声機能がマイクロソフトに対抗する主要なポイントになると判断されれば、グーグルが以前に彼の会社を買収したように、スイッチを買収する可能性もある。スイッチに出資した元グーグル・ベンチャーズのウェズリー・チャンも「すでにあるサービスを、グーグルがつくる意味はない」と語る。

 もっとも、ウォーカーは古巣のグーグルに帰る気はない。彼ぐらいの年齢になると、もはや面白味のある話ではないのだ。彼の計画は、市場の拡大に合わせてセールスフォースやSAP、マイクロソフトも含め、できるだけ多くの大手企業とグーグル形式の契約を結ぶことである。「私たちは、コミュニケーションをソフトウェアに変える流れをつくりたいのです。これができれば、きっと一人前の企業になれるでしょう」
(全文掲載)

文=アレックス・コンラッド

この記事は 「Forbes JAPAN No.9 2015年4月号(2015/02/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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