アカデミー作品賞有力「ジョジョ・ラビット」 第二次世界大戦xコメディの狙い

アカデミー賞ノミネート作品「ジョジョ・ラビット」 (c) 2019 Twentieth Century Fox Film Corporation &TSG Entertainment Finance LLC


まず、作品は、いきなりビートルズのドイツ語版「抱きしめたい」の曲とともに始まる。アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツに熱狂する人々の姿に、ドイツ語で歌われるビートルズの「抱きしめたい」が重ねられる。

ナチスドイツへの熱狂とビートルズのそれが妙にマッチしているので、冒頭から不思議な感覚に囚われ、早くもこの作品が、ただの戦争を題材にした映画ではないことを予感させる。

余談だが、ビートルズには2曲だけドイツ語で吹き込んだ曲があり(もう1曲は「シー・ラブズ・ユー」)、この「抱きしめたい」を使用するにあたり、「この映画は誤解されやすいが、本当は人種憎悪に反対する強力な声明だ」という説得で、元メンバーのポール・マッカートニーからは許諾を得たという。

主人公は、もちろん10歳の少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)。彼はヒトラーユーゲントとして活動しており、人種に対するナチスの教育を信じて疑わない。ヒトラーユーゲントの合宿訓練に参加することになるが、ジョジョには、「空想上の友人」であるアドルフ(タイカ・ワイティティ)がいて、弱音を吐くと目の前に現れ、彼を勇気づけるのだ。

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ジョジョが弱音を吐くと、ヒトラーの格好をした「空想上の友人」アドルフが激励する (c) 2019 Twentieth Century Fox Film Corporation &TSG Entertainment Finance LLC

この「友人」アドルフは、ヒトラーの格好をしており、ジョジョにとっては立派なヒトラーユーゲントになるための指南役だ。この一見パロディ的設定からも、作品にはコメディ的要素が含まれていることに気づかされる。

ジョジョは、合宿訓練でウサギを殺せと命令されるが、心優しい彼はそれができず、ウサギは逃げ出し、「ジョジョ・ラビット」という不名誉なニックネームを付けられる。心底からヒトラーユーゲントになりきれないジョジョの、ある意味で純粋さを表した名前かもしれない。

ジョジョには、ナチスドイツには距離を置き、戦時下でも自由に生きようとする勇敢な母親ロージー(スカーレット・ヨハンソン)がいて、戦場に出かけたまま2年間も音信不通である父親の帰りを、2人で待っていた。

また、ジョジョには亡くなった姉のインゲもいたのだが、ある日、その部屋で壁の向こうにある隠し部屋に匿われていたユダヤ人の少女エルサ(トーマシン・マッケンジー)に出くわす。

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ユダヤ人の少女エルサとの出会いがジョジョの意識を変えていく (c) 2019 Twentieth Century Fox Film Corporation &TSG Entertainment Finance LLC

普段からヒトラーユーゲントでユダヤ人に対する差別思想を叩き込まれていたジョジョは、少女の出現に途惑うが、やがて彼女と交流するうちに、新たな意識が生まれ、ほのかな思いさえ抱くようになるのだった。

時代は、ナチスの退潮が目立ち始めた頃で、この後、物語には劇的な展開が用意され、そのなかで全体主義国家が持つ暗黒や、戦争が生む悲惨さについて描かれていく。最初は、コメディの形を取りながら始まるのだが、物語はいつのまにか心を震わすヒューマンなドラマになっていく。
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文=稲垣伸寿

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