「全部いりません!」初診の日、全摘を確認|乳がんという「転機」 #5

北風祐子さん

ついに待ちに待った初診の日がやってきた。

人間ドックの結果でマンモグラフィの「カテゴリー5」という結果が出た。ネットで調べたところ、「乳がんの確率、ほぼ100%」と出てきた。

新卒で入った会社で25年間働き続け、仕事、育児、家事と突っ走ってきて、「働き方改革」のさなかに乳がんに倒れた中間管理職の連載「乳がんという『転機』」5回目。

今の気持ちのつらさ、10段階で「9」


初診。がん専門病院なので、ここにいる人たちは、全員、がん治療中か、がんの疑いで検査中の人だ。

受付のホールは、天井が吹き抜けで高く、日差しがたっぷり入って明るかった。だから、というわけではないが、想像していたほど悲壮感は強くなく、それよりも、同じ病気と闘う人が集まっている静かな戦場という緊張感に満ちていた。

診察前のアンケートで、今の気持ちのつらさが10段階評価でどれくらいの度合いかを書かされた。10が、つらさ最大。上から下に、定規のように10個の目盛りがふってあった。ここに来るまでの地獄の10日間を思えば迷わず10に丸をつけたいところだったが、今、この時点でまだ生きているし、絶望はしていないので、9に丸をした。

名前を呼ばれて診察室に入ると、主治医となる先生が座っていて、目の前には人間ドックのマンモグラフィ結果が投影されていた。先生は、淡々と、画像から読み取れることを説明してくださった。持参したメモ帳に、キーワードを必死で書きつけた。先生の言葉をあとで復習できるように、一言一句逃すことなく覚え込んだ。

・一年前にはなかった石灰化ができている。(「石灰化」なるものは、キラキラと白く光る粒状のプチプチで、子持ち昆布のように連なっていた。がんの場合は、がん細胞が壊死して石灰化が生じる)
・石灰化のペースが速いというわけではない。
・この画像だと通常マンモグラフィ読影ではカテゴリー5をつける。(最初の病院の読影ミスではない、と暗に言っている)
・これから各種検査をして、確定診断結果は4月21日。手術になる場合は、5月に入ってからとなる。
・もしがんだとしても卵、非浸潤(「かもしれない」という曖昧さはなかった)。

「インターネット見ちゃだめだよ」


ここまできたところで、先生は、「ラッキーでした」とおっしゃった。がんかもしれないのにラッキーとはどういうことか、とひっかかったので、少しムッとしながら「ラッキーとはどういうことですか?」と質問した。

すると、先生は、「見つかって、ラッキーです」と答えた。おそらく早期発見できてよかった、という意味だろう。静かで余計なことを言わない先生の口から「ラッキー」という軽めのカタカナが出てくるのには違和感があったが、乳がん治療のプロが幸運だと言うのだから、素直によかったと思うことにしよう。

ここに来るまでにさんざんインターネットを見てきて、いたずらに恐怖心をあおられた状態でいる私を見透かしたかのように、「それからね、インターネット見ちゃだめだよ。嘘ばっかりだから」と言った。

そのあと、真面目な顔で、「右側もちゃんと検査します。逃さず見つけます。(私の親友で医師の)M先生からも必ず見つけてください、と言われています」とおっしゃった。逃さず見つけます、というところだけ、強い口調だった。逃さず見つかるんだろうな、と思った。私は、ドアのところで主治医のほうを振り返り、「よろしくお願いいたします」と、人生で一番深いお辞儀をした。

主治医の放った「卵」、「非浸潤」、「ラッキー」という3つの言葉が頭の中で繰り返し響いていた。
次ページ > 「見たいときは見たっていいんです」

文=北風祐子、写真=小田駿一、サムネイルデザイン=高田尚弥

タグ:

連載

乳がんという「転機」

ForbesBrandVoice

人気記事