米 VS イラン 日本の仲介と自衛隊派遣の内幕

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日本政府は5月の事件以降、主に米国が要請している有志連合に加わるのか、あるいは防衛省設置法に基づく「調査・研究」活動という名目での独自派遣にするのか、という2つの選択肢について検討を重ねてきた。政府内には「自衛隊の派遣不要論」という少数意見もあったが、米政府の強い派遣要請もあり、早い段階でこの選択肢は消えた。

有志連合に入れば、自衛隊が法制面や能力の点で限界がある行動を米軍などに肩代わりしてもらえるが、特別立法が必要になるだろう。立法するだけの名分が必要だが、今回は国連決議も存在しないため、自衛隊の持つ権限を大きく逸脱する可能性も残る。

政府が過去の安保法制整備の際、「今後は、自衛隊派遣のたびに特別措置法を制定する必要がなくなる」と説明していたことも、特措法設置への姿勢を慎重にさせた。日本政府関係者の1人は「特措法設置を目指せば、野党から過去の説明との矛盾を突かれるのではないかという懸念もあった」と証言する。調査・研究ならば立法措置は不要になるが、自衛隊ができる権限は大きく成約されることになる。

有志連合参加を巡る不安

まず、米国は外交ルートのほか、自衛隊の様々なレベルでも「有志連合への参加」を働きかけていた。米政府からは「有志連合に入れば、米軍の様々な情報がリアルタイムで手に入る。日本にとっても利益は大きいはずだ」「有志連合で、自衛隊ができる仕事をすれば良いではないか」などといった声も上がったからだ。

ただ、この誘いかけについて、元自衛隊幹部は「テロ対策特別措置法による有志連合への参加とは訳が違う」と語る。テロリストが相手だったテロ特措法の有志連合と異なり、今回は、イランとの対決を念頭に置いた有志連合だ。参加すれば、イランとの対決が避けられなくなる。

安倍首相は12月、イランのロウハニ大統領とトランプ米大統領にそれぞれ対話を働きかけたが、冷たくあしらわれた。日本の仲裁外交には、日本が主導して米国とイランを動かすほどの力はない。安倍首相はソレイマニ司令官殺害の余波を受け、1月の中東諸国訪問を一時延期する姿勢も示した。日本政府関係者によれば、中東諸国から政治的に利用される危険もあったため、事態の推移を見極める必要にかられたからだという。

ただ、日本は「米国とイランの中間に立つ」という外交姿勢を示すことはできたし、19年6月には西側首脳がなかなか会えないイランの最高指導者、ハメネイ師と安倍首相との会談も実現させている。日本から事態を動かすことはできないが、米国とイランが、それぞれ日本をカードとして使う余地を残しておくのは悪い選択ではない。

日本政府関係者は、「イランが西側諸国にメッセージを発信する際、日本を使おうと考えるかもしれない。ハメネイ師が安倍首相に会ったのも、日本カードを温存する意図があったからだろう」と語る。逆に、日本がイランを突き放すことは、反射利益としてロシアや中国の国際的影響力を強める結果にもつながりかねない。

また、インド洋での給油活動が主な任務だったテロ特措法当時とは異なり、今回の相手は「同盟国の負担増」を求めるトランプ米政権だ。元自衛隊幹部は「いったん有志連合に入ってしまえば、後方地域支援程度では済まなくなる可能性がある」と語る。

海上自衛隊が保有する艦艇のうち、弾道ミサイル防衛に従事するイージス艦や、他の作戦に不可欠な大型輸送艦を除き、遠洋航海に適した艦艇は20数隻しかない。このうち、他国軍と十分に連携が取れ、常に稼働できる艦艇は10数隻というのが現状だ。実際、ジブチ沖の海賊対処活動も当初は護衛艦2隻態勢で臨んでいたが、こうした窮状から2016年11月の閣議で1隻態勢への縮小を決めた。独自派遣で、結果的に2隻態勢に戻るわけだが、有志連合に入ればこの程度の負担では済まなくなるかもしれない。

こうしたなか、日本政府内の「有志連合への参加」を主張する声は徐々に小さくなっていった。日本政府はとりあえず、有志連合の司令部が置かれるバーレーンの米軍第5艦隊司令部に連絡官を送ることで米政府の顔も立て、自らは米軍主体の情報を得るという方法を取ることにした。
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文=牧野愛博

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