会社員、イタリア家庭料理の道をゆく

キッチンにて

私が生後10カ月の息子と飛び込んだイタリアの家。主婦であり、私の料理の先生でもあるマリアの手から日々生み出される料理は、手打ちのタリアテッレやラザーニアといったボローニャの郷土料理から、彼女の出身地であるヴェネト地方のリゾットまで多彩だ。

そんな恩師の家に居候するというまたとない機会も、しかし当のマリアは「リツコ、料理より大事なのは子供よ」と、私に料理を教えることより、我が息子モンドを日々の絶対的な中心に据える姿勢は決して崩さず、あいかわらず、「モンドは我が家の太陽だ!」と全身全霊で息子と戯れては料理をし、料理をしては戯れている。

それでいながら決して手を抜かない彼女は、仔牛の薄切りソテーにキノコのソースを絡めたり、ポロネギとポテトのポタージュや、かぼちゃのペーストをクレープ仕立てにしたものなど、高級リストランテで出てくるような料理を出してくる。

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仔牛の薄切りキノコソース

しかし、そのどれもがけっして気取ったものではなく、徹底的に優しい味わいだ。せっかくなので、フォークで潰し、お湯を足して少しだけ薄味にして息子にも与え始めたら、まあよく食べること食べること。結局、毎食、大人と同じ料理を食べるようになり、気がつけば離乳食を卒業してしまっていた。

そんなある日の食卓で、寡黙で穏やかなマリアの夫カルロが、突然、ポツリとひと言。

「どうしてモンドはこんなにいい子なんだ。薬を飲ませる時以外、ぐずるのを見たことがない」

そう言われてみると、確かに、この家に来てからぐするということがない。ここに来るまで寝ぐずりしていた子が、コテンとすぐ寝付くようになった。そのまま夜中の授乳をせずとも、朝までぐっすり寝てくれる日も出てきた。しつこかった風邪もいつの間にか完治している。

子供と一緒に寝て、一緒に起きて、とことん一緒に遊んで、そして、うんと美味しいものをつくって一緒に食べる。たったこれだけのことを、私は果たして今までどれだけしてきただろうか。

授乳だ、食事だ、寝ぐずりだと、自分の時間が思うように使えない生活についイライラし、最もシンプルで最も大事なことを忘れていたことに気づかされた。

この家での滞在も終盤を迎えたある朝、私はどうしてもつくり方を確認したい料理があって、息子をベッドに寝かせたまま、キッチンでマリアと朝食を摂った。それは、息子がいちばん旺盛に食べた、鶏レバーと野菜のリゾットだ。

文=山中律子

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