本は自己投資!

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本を開くのが怖い……。

長いこと本を読んできて、こんなことは初めてだった。

目の前に置かれた本のアウトラインは把握している。

「第17回 開高健ノンフィクション賞受賞作」これはいい。「選考委員も驚愕」これも興味を掻きたてられる。問題はこの本の内容だ。

「動物との性愛。禁忌の先に、何がある?」

そう、本書が扱っているのは、「動物との性愛」なのである。

なぜ怖いのか。怖さの奥にあるのは「怯え」の感情だ。怯えの正体は、自分自身の輪郭が脅かされることへの恐怖とでも言えばいいだろうか。人間と動物を隔てる境界線が侵犯される恐怖である。読んだら最後、自分が自分でなくなってしまうような気がして及び腰になっていた。

だが勇気を出して本を開いた。そして瞬く間に引き込まれた。それどころか、読み終える頃には、不思議な感動すらおぼえていた。

『聖なるズー』濱野ちひろ(集英社)は、ドイツの動物性愛者たちについて書かれたノンフィクションだ。動物性愛者とは、犬や牛をパートナーとする人々のこと。「ズー」は、動物性愛者を意味する英単語「ズーファイル」の略語で、著者が話を聞いた動物性愛者たちは自分たちのことを「ズー」と称する。

著者は京都大学大学院で文化人類学におけるセクシャリティを研究している。なぜよりによって動物性愛者を調査対象として選んだのか。その選択には、著者の体験が強く影響していた。

彼女は19歳から10年間にわたり、パートナーから性暴力をふるわれ続けた経験を持っている。その凄まじい暴力の様子は本書の冒頭で詳述されるが、読んでいると胸が苦しくなるような描写だ。

密室での暴力の嵐から逃れるために、著者は意外な行動をとった。その男と結婚するという「賭け」に出たのだ。結婚となれば、ふたりだけの関係にとどまらなくなる。両家の親や親族も巻き込むことになるからだ。やがてパートナーの暴力は両家の知るところとなり、彼女は男と関係を断つことに成功する。

賭けには勝った。だが、あまりにも長い間暴力にさらされたことで、著者は深い傷を負ってしまっていた。ふたたび前を向いて歩き始めることはできるのか、著者は足掻き続けた。

「セックスと暴力」の問題について本を読み漁り、性暴力の被害者たちの街頭パレードにも参加してみた。けれどパレードをしている時に涙が止まらなくなり、回復には程遠いことを思い知らされた。悩んだ挙句、著者はライター業のキャリアを投げうち、セクシャリティの問題を探究するために大学院の門を叩く。

だが、傷が癒えない状態で正面切ってセクシャリティの研究をすれば、かえって傷が深まる可能性もある。少し距離をとりながら、別の方策で「愛とセックス」について考えることはできないか……。そう思いあぐねていた時に、偶然出合ったのが「動物性愛」というテーマだった。

ネットで見た動物性愛者へのインタビュー映像で、ドイツに「ゼータ(ZETA)」という世界唯一の動物性愛者の団体があることを知り、著者はコンタクトを試みる。接触は困難を極めたが、ようやくメンバーが会ってくれることになった。著者を信頼に足る人物と判断したメンバーが、また別のメンバーを紹介してくれた。

こうして時には彼らと生活をともにしながら、著者はズーたちへのインタビューを重ね、少しずつ彼らの世界に分け入っていった。

文=首藤淳哉

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