生涯をかけて音楽に挑む。指揮者チョン・ミョンフンの仕事術

東京フィルハーモニー交響楽団 名誉音楽監督チョン・ミョンフン氏。東京フィル以外にも世界各地の一流オーケストラの要職を務めている (C)上野隆文/東京フィル


「第九の一番中心的なメッセージは、友愛・自由。人間が元々持っている本能に訴えかける音楽。モーツァルトの音楽は天から届いたような完璧なものだけど、それに比ベて、べートーヴェンの音楽からは人間の“足掻き”が感じられる。なぜそんな音楽を作れるようになったのかは分からないけれど、きっと彼はそもそもそういう星の下に生まれてきていたんだろうと思う。不幸なことに、そういった天才たちにとってはその運命は苦しみであることも多いけれどね」


何度も読み込まれているベートーヴェン交響曲第9番のスコア

最後にマエストロはやや自虐的にこんなコメントを残した。

「特に日本で、第九を何度も演奏してきたけれど、いまだにうまく指揮できているとは思えないんだ。何度やってもうまく演奏できないから、今後はもうベートーヴェンはやりたくないとも思うんだけど、その話をしはじめると暗くなるから今日はこのあたりにしておこうか(笑)」


2019年12月20日 Bunkamuraオーチャードホールでの公演。満員の客席の心を動かした

取材の数日後、実際にマエストロの指揮する第九を聞いたのだが、謙虚さが姿を変えてネガティブになっていただけと感じるような完成度の高い演奏で、心を奪われた。来月には再来日して、ビゼーの歌劇「カルメン」を指揮する。マエストロのプランなき未来は、まだまだ続いていく。

今回の話を通じて学んだことがある。

己が一流を目指し続ける上では、先のことは考えすぎず今を突き詰め続けることで未来も拓かれていくこと、リソースをかける先は(投資対効果も考慮して)しっかりと選定すること、それを導いてくれたりサポートしてくれたりする存在を大事にすること。

個人的にはそう理解したのだが、そのマインドセットに辿り着くこと自体、自分にはまだまだ時間がかかりそうだ。ともあれ、そういったプロセスを愉しみながら、僕は仕事とも音楽ともこれからも向き合い続けていきたいと思える貴重な機会になった。

連載:山本憲資の百聞と一見の二兎を追う
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文、写真=山本憲資

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