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山本憲資の百聞と一見の二兎を追う


ここで、各国の一流のオーケストラをマネジメントするコツを聞いてみた。

「僕は気さくなコミュニケーションに長けていないんだ。そんなやり方でもうまくやりとりできた人たちもいれば、無論、全くうまくいかないことも多々あった」と断りながら、次のように続けた。

「指揮者とオーケストラの間で、スピーディにやりとりするのはプロフェッショナルの一つの証だとも言えるけど、たとえそれが世界最高のオーケストラだったとしても、僕のやり方にはあまり合ってはいないんだ。合っていない国に行くのはもうやめた。アメリカは無理だと感じていて、しばらく行ってない。ロンドンも昔は1年に1回くらい行っていたけど、もう行かなくなってしまった。こうやって行けるところがどんどんなくなっていくんだよ(笑)。長年のつきあいとなっているこの東京フィルがある日本はいいところだね」


東京オペラシティの控室でリラックスしながら、インタビューに答えるマエストロ

「将来のプランは、何もない」

自分との相性のいいオーケストラにエネルギーを集中させるということなんだと、僕はいったんは理解した。そして自分の軸をずらさないことが重要で、迎合する時点でこの世界では生きていくのが困難なのかもしれない、とも感じた。スタートアップのファウンダーもどこか近いところがある。あくまで、マネージャーではなく、プレーヤーなのだ。

「僕はケミストリーを一番大事にしている。それにはクイックに高いクオリティの演奏をこなしていく以上に、時間をかけて濃密な関係性を積み上げていくことが重要なんだ。昔、指揮者にとって大事なことは“あまり話さないこと”と、最初の授業で教えてもらったんだけど、今振り返るとそれは全くよくないと思うよ」

指揮者によっていろいろなやり方もあるんだろうなと思いつつ、これがチョン・ミョンフンのスタイルなのだろう、と感じた。さらに、ここまで自分はまだまだと繰り返してきたマエストロに今後のキャリアについても聞いてみた。

「将来のプランは、何もない。今まで計画というものを持ったことがないんだ。妻のおかげで、僕は指揮と勉強以外は何もする必要がなくここまで生きてきた。洋服も彼女が全部用意してくれるし、散髪の段取りまでしてくれる。これからも、ひたすらに指揮と勉強だけをして生きていくよ。彼女は僕が7歳のときの最初のコンサートを、小学校の課外活動で観に行ったと言うんだよね。もう60年前の話だよ。結婚したのはそのコンサートから20年近く経ってから。彼女は音楽家ではないけど、それ以上の存在で、僕にとっての、唯一の女性なんだ」

言うまでもないが、適当に生きてきた末の答えではない。語り口は軽妙だったが、音楽という深淵なものに向き合い続けて到達したスタイルなのだろう。彼は、今回の来日で指揮をする第九について話を続けた。

文、写真=山本憲資

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