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山本憲資の百聞と一見の二兎を追う


マエストロが見続けてきたのは、外ではなくて自分だった。内なる自分と音楽の向き合いとも言えるのかもしれない。キャリアやマネジメントの前に、音楽と向かい合うのはどういうことなのか、そこから教えてもらう必要があった。

「指揮者の仕事は、楽器のように音を出すわけではないので、技術的には難しいところはひとつもない。そのテクニックは1分で学べると言ってもいい。ただ、落とし穴にはまってはいけない。指揮台に乗って、100人以上のオケを大観衆の前で指揮をするとそれだけで成功する気分になるのだが、それは早計というもの。そんなに簡単にできるものではない。僕の場合は、今まで半世紀以上勉強し続けてやっと最近になって、指揮者と名乗ってもいい知識と経験を得られ始められているかなと感じているくらいだ」

先生と言える人は3人

指揮者は60代でもまだ壮年とよく言われるが、それがよく分かる。多くの音楽的才能を持った人たちが生涯をかけて挑み続ける、偉大なる演奏家たちが紡ぎ出してきた音楽たち。聞いてみるとそれはそうだろうなと感じる。そう簡単に心を開いてくれるものではないのだ。

「自分が今、成功しているといえるかもしれないのは、単に幸運に次ぐ幸運に尽きる。ただただ出会った人たちが僕を創ってくれた。まずはお腹のなかにいるときから素晴らしい音楽を聴かせてくれた母、そして8歳でアメリカに渡ったときに出会ったピアノの先生。オーケストラを含めて彼女がピアノ以外の音楽も教えてくれた。

13歳で姉(世界的バイオリニストのチョン・キョンファ)のピアノ伴奏をしたときに、グレゴール・ビアティゴルスキーに指揮をすることも考えてみたらと言われ、そのあとに入った学校で指揮の勉強を始めることになったんだ。15歳の時に入学したニューヨークの学校は、ピアノだけではなく指揮も勉強することが合格の条件だった」


指揮者の多くがそうだが、マエストロはピアノの腕も超一流だ

今のキャリアも計画してここまできたわけではない、と言いながらマエストロは話す。

「導きやサインがいつもあって、僕はそれに従ってきただけなんだよ。若い人に指揮を教えてと言われても、教えられない。指揮を教えるメソッドはないんだ。むしろ誰かひとりだけに偏って学ぶのはリスクであるとも言える。自分にとって先生と言える人は3人。母、姉、そして妻だ。姉とは子供の頃から一緒に演奏していたから、音楽に関しては彼女の影響力が一番大きかったかな」

文、写真=山本憲資

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