なぜ、クラシック音楽が好きになったのかを一言で答えるのは難しい。シンフォニーからソナタまで多くの名曲と言われる作品群が、作曲されてから100年や200年、ないしはそれ以上の間、指揮者から演者まで世界中の音楽的才能を持った人々を底なし沼のように惹きつけ続けている。
その才能の圧を延々とかけられ続けながらも、コンテンツとしての価値は摩耗することなく輝きは増すばかりだ。その曲のどの音をどのように出すかといった徹底的なこだわりの下で演奏として完成されていく、比類なき圧倒的な解像度の高さに一番魅了されているのだと思う。
そしてこの数年は、その音の魔術の中心にいる、世界レベルで活躍する指揮者がどのようにその地位にのぼりつめていったのか、彼らの話をぜひ聞いてみたいと沸々と思うようになっていた。
種々の才能をひとつにまとめあげながら、アウトプットを出し続ける指揮者は、スタートアップの経営ともどこか似ている。オーケストラというタレント集団とどうコミュニケーションをとって“マネジメント”し、素晴らしい音楽を作り上げているのかに興味があったのだ。
常に自分自身と格闘し続ける日々
2019年末にそのチャンスが訪れた。円熟期を迎えつつある世界的マエストロ(指揮者の敬称)、チョン・ミョンフン氏が東京フィルハーモニー交響楽団でベートーヴェンの第九を振るために来日し、インタビューをさせてもらえることになったのだ。マエストロの指揮をはじめて観てからもう10年近くになるだろうか、キビキビとしたバトンスタイルに、僕は毎年のように魅了されている。公演日も迫る年の瀬、リハーサル前の楽屋に伺い、話を伺った。
最初に自己紹介を兼ねて、クラシック音楽が好きなことと、第九はドイツ語暗譜で歌ったこともあること、そして自身がアントレプレナーであることなどを切り出した。ビジネス的な観点からオーケストラのマネジメントについても聞かせていただきたいと伝えたところ、さっそくマエストロはこう答えた。
「僕はそのトピックに適任ではないかもしれない。なぜなら、僕にはビジネスマインドはないし、キャリアという視点で物事をみたことがない。マネジメント以前に、コミュニケーションが得意な方ではないんだ」
予想外の答えが返ってきて、少し動揺してしまった。目の前にいるのは、日韓はもちろん、フランス、イタリア、ドイツを中心に世界中で活躍を続け、世界有数のオーケストラで音楽監督などの要職を務めてきている人である。うまくやれなくて、このポジションになれるものなのか。マエストロは続ける。
「何より、昔から今日まで、自分自身が”困難”であり続けた。僕と一緒に住み続けなければいけない妻には申し訳ないと思うくらい。常に自分自身と格闘し続けなければいけない日々を過ごしてきた。うまくやれたと思えることがなかった。
この歳(現在67歳)になってやっと、以前より少しだけ厳しさは減ったかもしれないけれど、やっと昔より自分のことをバカだと思わなくなってきた。もちろん、若い頃に戻りたいとも思わない。今よりも、バカな状態には逆戻りしたくないしね(笑)」