渋沢栄一の「知恵」「情愛」「意志」の教えが導いた転機

「論語と算盤」

各界のCEOが読むべき一冊をすすめるForbes JAPAN本誌の連載、「CEO’S BOOKSHELF」。今回は、ピクテ投信投資顧問代表取締役社長の萩野琢英が「論語と算盤」を紹介する。


2021年の大河ドラマの主人公であり、新しい1万円札の顔となる実業家・渋沢栄一は、今年最も注目された人物でしょう。

私がその著書である『論語と算盤』を読んだのは、09年のことです。07年からピクテ発祥の地ジュネーブで本物の資産運用と経営を学んで帰国した私は、リーマン・ショックで資産を減らした多くの投資家を目の当たりにし、いちばん大切な時にその場にいられなかった責任を重く感じていました。

渋沢氏は、「人を思いやり、慈しむ心である『仁』があれば、おのずと道徳は保たれ、社会が安定する」という孔子の教えに加えて、「経済を成長させるために稼ぐことも大事。ただし、正しい方法で稼ぐために論語が必要であり、論語と算盤をバランスよく両立することが大切なのだ」と説きました。

人間の欲が、論語と算盤のバランスを崩した結果、引き起こされたリーマン・ショックや日本のバブル崩壊は、渋沢氏の懸念が現実化したものだったのです。

では、論語と算盤を両立させるためにはどうすればいいのでしょうか。渋沢氏は、物事を見分ける「知恵」と、他人に降りかかってくる痛みがわかる「情愛」、強い「意志」が必要だと言います。

金融業界は、これまで幾度もバブルを生み、はじけさせてきました。だからこそ、金融に携わる者は、論語と算盤のバランスを保つ強い意志を持ち、マーケットの変動を理解しながら、お客様の資産運用に的確なアドバイスができるようまじめに学び続けられる人格者でなければならないのです。

実は、私はこの運用の世界と距離を置いていた時期がありました。それは、ウォール街で見たお金に心を売った金融マンたちに嫌気がさしたからです。しかし、2世紀を超える歴史で培ったピクテの運用哲学を学び直し、さらに本書を読んだことで、投資家本位で運用する意味や、投資運用会社がどうあるべきかを整理できたように思います。

資産運用業界ではバブル崩壊以降、手数料の引き下げ競争が続いています。高すぎる手数料は投資家のためにならず、言語道断ですが、その半面で、智、情、意を持つ、質の高い運用ができる人材を育てられなくなれば、本来の業務である「お客様にリターンをお返しする」こともままなりません。業界とお客様の距離を縮める努力を惜しまず、理解を深めていくことが、いま、私が最も優先すべき課題だと考えています。

渋沢氏が、産業や国を繁栄させる方法を考え続けてきたように、私もリーダーのひとりとして、資産運用業界が向かうべき道を常に考え、お客様と向き合う重要な役割を担っていく覚悟です。


はぎの・たくひで◎1964年生まれ。学習院大学法学部卒業後、山一證券、山之内製薬(現・アステラス製薬)を経て、2000年にピクテ投信顧問に入社し、11年に代表取締役社長に就任。著書に、『改訂版 210余年の歴史が生んだ ピクテ式投資セオリー』など。

構成=内田まさみ

この記事は 「Forbes JAPAN 1月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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