経済・社会

2020.01.13 08:00

「国や社会に対する意識」18歳調査。日本と世界の回答に驚異的乖離

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「がむしゃらに突き進んでも」結果が……
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「今日がなんとか楽しければいい」という意識が強く、今立っている地面、あるいはせめて半歩前は見るにしても、遠い先の未来のことはあまり考えないという今回のアンケート結果。そこには「さとり世代」とか「ゆとり世代」(1980年代半ば以降生まれで、2002~2010年の「ゆとり教育」を受けた世代)あたりから生じてきたといわれる「夢なんて持っても.....」というムードがやはり如実に現れている。

「前から言われていることですが、車や家を所有することや、偉くなることへの執着が薄い若者が増えてきています。それは、『がむしゃらに突き進む』親世代を見ても、それがあまりかっこよく見えないうえに、そこまでやってきたのにあまり幸せそうじゃないな、という醒めた見方が彼らにはある。だから、将来の夢や目標に向かって前向きなベクトルを出して行動する、という考え方そのものに、今ひとつなじめなさや乗りきれなさを感じているのではないでしょうか」

だが人間というものは、ある程度満たされてくるに従って、所有や成功、権力などへの執着が徐々に弱まってくるもので、この調査結果に表れているような「醒めた」メンタリティも、人類としての「一種の成熟」と言える側面もあるのではないかと泉谷氏は言う。
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「先の目標に向かって突き進むことをかっこいいと思わない、そんな美意識が醸成されている時代ですが、この一見『刹那的』とも取れる態度も、裏返せば天下国家を論ずるよりもまずは地道に足元を固めて『今、ここを生きる』という考え方になる。つまり、そこにもそれなりの意味はあるのかもしれません。

よく混同されていますが、生きる『意味』を求めることは『意義』を追い求めることとは違います。『有意義』は『何らかの価値を生む』ことですが、『意味』は自分にとっての、あくまでも主観的で感覚的な満足によって決まるもの。彼らは、何かや誰かのために『有意義なことをする』というスローガンにしっくりこないものを感じはじめ、あくまでも自らが意味があると実感できることの方を重視するように変わってきている。

「頭」の分別で「意義」ばかり追い求める生き方から、「心=身体」の声を大切にする生き方にシフトすること。つまり、「意義」の追求が至上命題だった旧来の価値観から自由になること。調査結果に表れた若い人のメンタリティの変化は、それを無意識的に反映したものと見ることができるでしょう」

「ハングリーモチベーションの季節」の終わり

泉谷氏は著書『仕事なんか生きがいにするな』で、「ハングリーモチベーションの時代は終わった」と書いている。

「いつの間にか物質的・経済的な満足がある種の飽和点に達してしまい、それ(が)もはや私たちに『生きる意味』を与えることができなくなってきた」代わりに、「人間ならではのモチベーションが求められる時代」が到来しているというのだ。

「目標や夢を持って生きるというのは、いわゆるハングリーモチベーションの考え方。それがピンとこなくなってきた世代が下からじわじわ上がってきていますから、現状では18歳どころか30代前半くらいまでが、『目標や夢を持たない』感じになってきているのでは、と思いますね。しかし、彼らがこれまでとは違った形で、真に人間的な理想をどのように見出していくのか、それを古い世代は見守っていく必要があると思います」

まだまだ発展したいという気概や願望がある国、中国、インドとの大きな違いが出ているのは、日本が新たなフェーズに入ってきている表れではないかと泉谷氏は語る。

──空腹をおぼえなくなった若者たちが、今直面しているのは「自由であるがゆえの虚しさ」という新たな困難。彼らはそこに、彼ららしく、「意義」ならぬ「意味」をどう見出していけるのだろうか。また、われわれ大人たちは、いかにして「ハングリーモチベーション」の価値観から脱し、どんな形で彼らと「意味」を共有し歩んでいけるのだろうか。

文・構成=石井節子

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