I study technology disruption in individuals, companies and societies.

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私が新著『Viviendo en el futuro(未来に生きる)』で取り上げたトピックのひとつに、急激に変わりゆく仕事の性質がある。私たちが1世紀にわたって慣れ親しんできた職業の多くが、向こうわずか数年で機械に取って代わられようとしている。

例えばスーパーマーケットのレジ係は間もなく、自動車工場の組み立てラインでもはや必要とされなくなった従業員と同じ運命をたどるだろう。20世紀初頭の自動車工場は従業員に何時間も同じ作業を繰り返させ、人から人間性を奪う仕事の原型となった。そのような製造プロセスの大半は今、かつて低賃金労働の代名詞だった中国ですら、今やロボットに置き換わっている。その理由は単純で、生産性の向上とミスの減少だ。

オートメーション(自動化)は必ずしも直線的でも簡単でもなく、頻繁に問題に直面してきた。だが、一度この道を進み始めれば、もう後戻りはできない。最初は低スキルの仕事から始まったが、今や単調な仕事や汚れ仕事、危険な仕事や高コストな仕事なら何でも機械に置き換えられようとしている。

どんな代償を払ってでも雇用を守り失業率を低く保つことは、多くの政治家にとって魅力的に感じられるだろうが、まったく筋が通らなく、いわゆる“bullshit job(クソ仕事)”が増えるだけだ。オートメーションが広がる中、雇用創出はもはや幸福度の指標とはなり得ない。私たちが向かっているのは、必要な製品やサービスの提供にかかる人員の数が減る社会だ。雇用統計はもはや、経済を正確に測る基準にならない。

雇用を守るために特定のテクノロジーの導入を遅らせるのは負け試合だ。IBMは1980年代に出した有名な広告で、こんなメッセージを発した。

「2人の男性が建設現場で掘削機を見ていた。1人が『あの機械さえなければ、12人がシャベルであの仕事をできるのに』と言うと、もう1人が『そうだね』と応じ、こう言った。『その12本のシャベルがなければ、200人がティースプーンを使ってあの仕事をできるのに』」

この広告が指摘したように、テクノロジーを脅威とみなせば、進歩が妨げられる。雇用の創出に躍起になっている政治家たちは、誤った指標を気に病んでいるのだ。

編集=遠藤宗生

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