気候変動、格差・分断、グローバリゼーション、デジタル革命……。世界は劇的に変化し、そのスピードはますます加速している。予測不可能な時代、私たちはいかに世界を捉え、行動すべきなのか。2020年の始まりを目前に、2019年12月25日発売のForbes JAPAN(2020年2月号)の第二特集で、世界の知の巨人や気鋭の経済学者たちにインタビューを実施。今回は、渡辺教授に話を聞いた。
「プラットフォーマー規制」と呼ばれる、巨大IT企業への規制の検討が日本でも始まった。公正競争、個人情報保護、デジタル課税などの観点から、データを大量に収集するビジネスに対する懸念や規制を求める声は多い。これらの懸念には適切に対処すべきだが、だからといってデータの利活用をいたずらに制限すべきではない。懸念を払拭しつつ、いかにデータの利活用を広げられるのかを考えるほうが生産的だ。
私は実証ミクロ経済学者として10年ほど大学で勤務した後、たまたま声がかかり民間企業のエコノミストになった。当時、実証ミクロ経済学がビジネスの現場で通用するのか、確信はもっていなかったが、実際にやってみると、大いに役立つことがわかった。
経済学は実験ができなかったがゆえに、データから因果関係を抜き出すことに知恵を絞ってきた学問だ。IT企業では、顧客の登録データや検索履歴、ページ変遷や購買履歴など顧客ごとに収集したさまざまな情報を基に、プロモーションなどの施策を打つが、本当にそのプロモーションの効果で顧客の行動が変わったのか、効果を測定するのが難しかった。そこで役に立つのが実証ミクロ経済学の手法だ。単純なA/Bテストができないケースで因果関係を引き出したり、まだ実施していない施策の効果推定を「構造推定モデル」というアプローチで可能にしたりと、ビジネスで直接役に立つ。それが認知されることで、ミクロ経済学者を雇うIT企業も米国や中国を中心に増えてきた。
この手法は、ビジネスの現場だけでなく、国の政策立案にも役に立つ。政策目的を数値目標で明確にしたうえで、「施策」を「政策」に、「顧客」を「国民」に置き換える。どんな政策がどういった国民にどれほどの期間、どの程度の影響を与えるのか。詳細に見える化できれば、歳出を抑えつつ効果が高い政策を選べる。
これは、「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)」と呼ばれ、日本でも浸透しつつある考え方だが、さらに推進するために大きな課題のひとつが分析に使うデータの問題だ。
国や自治体の政策立案で一般的に使われるのはサンプル調査による統計データが多いが、サンプリングの方法やサンプル数の問題でデータがゆがむことがある。昨年問題になった厚生労働省の統計不正では、まさに抽出の過程でデータのゆがみが起きていた。