ロシアにとって、勤勉な北朝鮮労働力は貴重な存在だ。極東ロシアは中国の人口圧力の脅威にさらされている。中国の手を借りずに国内を発展させたいが、人手が足りない。そこで白羽の矢が立ったのが北朝鮮の労働者なのだという。事実、今年4月にウラジオストクで会ったロ朝首脳会談で、プーチン大統領は、金正恩氏が求めた海産物や鉱物資源の輸入は「間に合っている」と断ったものの、労働力については歓迎する考えを示したという。
北朝鮮労働者は、非常に質の高い労働力として引く手あまたなのだ。
ここまで取材を進めたとき、私の頭に改めて素朴な疑問が浮かんだ。それだけ質の高い労働力を持っていながら、なぜ北朝鮮は発展しないのだろうか。
ウラジオストクは近年、「日本に最も近いヨーロッパ」として日本でも観光ブームが起きるか注目されている場所だ。街を歩いていると韓国人や中国人の観光客によく出くわす。クリスマスシーズンと重なり、若いカップルも目立つ。
確かに近年、大通りの舗装改良工事も進み、間違いなく発展しているが、一歩中に入れば、まだまだ未舗装の場所がほとんどで、埃っぽい風景があちこちにある。とても、欧州の主要各都市やモスクワとさえも比較するのは、やや苦しいのではないかとも思える。それでも、一緒に昼食を摂った朝鮮系ロシア人によれば、ウラジオストクで働いた北朝鮮労働者は口をそろえて、「ここは天国だ。帰りたくない」と言うのだという。
もちろん、自由のあるなしもあるだろうが、うらぶれた北朝鮮の実態も理由にあるだろう。平壌以外の地方都市はすべて、今でも朝鮮戦争直後かと錯覚するような状態が続いている。街はほとんど舗装されていないから、雨や雪が降ればぐちゃぐちゃになる。電気、ガス、水道がきちんと整備されているところなど、聞いたことがない。
電気はほとんど来ないし、その電柱は森の細い木をそのまま使ったような有り様だ。上下水道も十分完備できていない。冬になれば、「寝るのも戦闘だった」と脱北者の知人は語っていた。この知人は平壌に住んでいたが、それでも電気とガスの不足で、ろくに風呂にも入れなかった。冬、どうしても風呂に入りたいときは、風呂場にビニールを張り巡らし、熱いお湯を持って中に入る。そうすれば、わずかの間だが、暖かい空間を作り出せるので、その間に急いで体を拭いたという。
昔の北朝鮮の製品はどれもこれも、「国家の生産ノルマを達成するためだけにつくられたモノ」ばかりだった。別の脱北者の知人は、韓国に来て扇風機を見て驚いた。「音がしないのに涼しい。北朝鮮製は音がうるさいのに涼しくない。扇風機の羽根の取り付け方がずさんだから、ちゃんと風が起きないんだよ」と語っていた。そのほかにも、すぐに折れてしまう鉛筆、硬くて歯が立たないお菓子、まっすぐに昇降しないエレベーターなど、使えない製品のオンパレードだった。