直撃レポート 北朝鮮に学ぶ「ノルマも労働者の質の高さも逆作用」の理由

写真=牧野愛博


これほどまでに勤勉な労働力をどうして生かせないのか。

そのひとつは、すでに金正恩氏自身が答えを出している。金正恩体制は部分的だが、企業書に独立採算制を認めた。国が与えたノルマを達成した後は、自分たちで利益になる製品を作って売ることを認めた。「頑張って働けば、自分の利益になる」と考えれば、人々は一生懸命働く。最近、北朝鮮製品も多少質が上がってきたと言われるのは、この効果だろう。

他方、まだまだ労働者たちの足を縛っている問題が山積している。

まず、公明正大な労働環境がない。一生懸命仕事をすれば良い職に就けるわけではない。北朝鮮には「出身成分」と呼ばれる独自の階級制度が生きている。親族に元資本家や韓国からの越北者、日本からの帰国者らがいれば、どんなに優秀でも良い仕事にはありつけない。逆に、最近はカネの力が強くなってきたが、それは賄賂という形で、やはり不公正な社会を作り出している。カネがなければ何もできない社会だ。パワハラやセクハラも日常茶飯事だという。

そして、純然な私企業を認めない。北朝鮮には現在、「金主」と呼ばれる新興富裕層が地方交通や建設、貿易などの事業を展開している。ただ、これらはあくまで非合法という位置づけ。北朝鮮政府高官らの庇護がなければ、たちまち潰されてしまう。だから、高官たちの関心のある事業しか手を出せない。

韓国の北朝鮮研究者らによれば、中国やベトナムでも当初、こうした非合法な私企業が存在したが、ある瞬間から国家が私企業を合法化したという。すると、国家にとって関心がなかったり、行き届かなかったりした産業が発達していき、経済が発展した。

研究者の一人は「中国やベトナムは指導者が終身制ではないからだ。彼らは経済富裕層に権力が集まっても気にしない。でも、終身独裁の金正恩は、権力の分散を恐れて、中国やベトナムのような完全私企業化は許さないのではないか」と語る。

金正恩朝鮮労働党委員長は2019年末に開かれた朝鮮労働党中央委員会総会で経済の不振についても触れた。だが、自らの核開発は棚に上げて、国際社会の制裁を理由に掲げたほか、「国家経済の発展動力が回復されていない」「経済事業に対する統一的指導と戦略的管理を実現して企業体の経営管理方法を改善する事業で前進がない」など、難解な言葉を繰り返すばかりだった。

あげく、結論は数十年間繰り返し、強調されてきた「自力更生」「艱苦奮闘」という言葉を使い、「正面突破戦を強行しなければならない」と強調した。これでは戦況も顧みず、やみくもに突撃を命じる暗愚な指揮官そのものだ。

いくら民衆が優秀でも、国がダメならどうしようもないということか。空港でみた北朝鮮労働者はみな気さくだった。目が合うと笑い、立ち止まって握手を求めてきた人もいた。こんな人々と、世界を恐喝する金正恩氏とその側近たちの姿は重ならない。

2020年が北朝鮮の人々にとって幸多い年であってほしい。出国ゲートに向かって歩いていく北朝鮮の人々の背中をみながら、そう思った。

文・写真=牧野愛博

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