「宇宙に経済学は通用する?」 在米学者、野村泰紀・成田悠輔のパラレル特別対談

経済学者の成田悠輔(イェール大学助教授、左)と物理学者の野村泰紀(カリフォルニア大学バークレー校教授、右)


世界の「良し悪しの基準」

成田:経済学者が社会を理解しようとする際には、その社会がいいか悪いか、人々が幸福かを考えます。物理学者にとって良し悪しの基準はありますか?

野村:ここ100年ほどの話ですが、自然科学ではそのような価値観の転換は起きづらくなっています。地動説は正解で、天動説は間違っていた、とされていますが、実はどちらも間違っていないともいえます。太陽も銀河系を回っているので『銀河系中心動説』が本当は正しいともいえるし、さまざまな仮定を設定すれば地球を中心に計算することも可能です。

しかし、太陽を中心に計算したほうが、シンプルで仮定が少ない。仮定が少ないと適用範囲が広くなるので、ほかの太陽系にも応用できる。物理学では、同じデータを説明するのに、仮定が少ない方法が優れているという明確な定義があります。そういった方法論に集中することで物理学は急速に発展してきました。

成田:世界をより単純に理解しようとしてマルチバースの世界にたどり着かれたわけですが、ほとんどの科学は僕たちの住むこの宇宙、地球、社会を前提とした理論や観測です。それらは些末な特殊科学に過ぎないのでしょうか。

野村:宇宙はすごくよくでき過ぎているんです。例えば、宇宙の性質を決める重要な値である真空エネルギーは、理論の予測値より120桁以上小さいと観測された。その値が少しずれていたら人間は存在できなかった。

なぜそんなに都合よくできているか、物理学者が長年頭を悩ませてきましたが、単に人間が観測しているからだ、という「人間原理」の考え方が現在、有力です。無数の宇宙のなかで、たまたま真空エネルギーがその値になっている宇宙でしか、僕らが存在して観測することができないからだと。

マルチバース論の世界は無限に大きくなる一方で、人間はますますちっぽけな存在になる。しかし、逆説的に僕らの重要性が上がっています。普遍的ではない特殊理論だとしても、僕らがいる宇宙や地球の法則を知ることが無意味になったわけではありません。

成田:50年後、人間はどこまで宇宙空間に進出していると思いますか。

野村:火星には降り立っているでしょうね。宇宙エレベーターもあるかもしれない。ただ、インターネットが世界を変えたように、変わったアイデアをもつ起業家のような人が何人か出てきて、このような対話では想像もしなかった方向に進む可能性も高いでしょうね。

成田:地球上の過剰なコミュニケーションから逃れるためのアイソレーションタンクを宇宙に浮かべ、強制孤立したアンチソーシャルメディアにするとか。

野村:本当に必要なことは知らせてくれるけど、他の雑多なコミュニケーションからカットしてくれるサービスってのはウケるかも(笑)。しかし、対話が無駄というわけではなく、直接役に立たない一見無駄にみえることこそが次のブレークスルーを生むと思います。

物理学者に聞く、未来ビジネスの可能性

Q:
物理の理論を基にした、遠い将来の産業やビジネスは?
A:あらかじめ適切に用意された、量子的にもつれたふたつの系(例えば地球と火星)の間のワープは理論的には可能性あり。

Q:銀河間の課税の可能性は?
A:銀河間を移動する人が「何をした時にどこにいたか」は正確に記録できるので、それに基づいて、課税のルールを作れるかも。

Q:高頻度証券取引など市場取引の速度が物理的限界に近づくと?
A:この通信にニュートリノを使うとか、茶飲み話はあるが、実際に「原理的な物理的限界」が問題になるのはまだ先では。


のむら・やすのり◎1974年、神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程修了後、渡米。2012年より現職。バークレー理論物理学センター長、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究者など。17年よりアメリカ物理学会フェロー。専門は素粒子物理学理論、宇宙論、量子重力理論、および量子情報理論。著書に『マルチバース宇宙論 私たちはなぜ〈この宇宙〉にいるのか』(星海社刊)など。

なりた・ゆうすけ◎1985年、東京都生まれ。東京大学大学院修士課程修了後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得。2016年より現職。ヂンチ株式会社共同代表、一橋大学特任准教授、スタンフォード大学客員助教授など。専門は社会制度設計と因果機械学習。サイバーエージェント、Yahoo! JAPAN、ZOZOなど複数の民間企業と共同研究し、教育から広告、ファッションまで応用先を広げる。

構成=成相通子 写真=Craig Lee

この記事は 「Forbes JAPAN 2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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