化学の本質、経営の本質とは。花王社長の胸に今も残る、40年前の一言

花王代表取締役社長執行役員 澤田道隆

花王社長の澤田道隆には、繰り返し読んでいる本がある。花王の中興の祖、丸田芳郎と同社のあゆみをまとめた『一心不乱』(花王刊)だ。「創造性を発揮せよ」「自然の真理を尊べ」。丸田の語録を、若いころはそのまま受け止めて励みにした。メッセージの解釈は、いまも昔と変わらない。しかし、経営者になって読み方が変わった。

「いまはメッセージそのものより、なぜ社員にその言葉を発したのかという丸田さんの思いを噛みしめながら読んでいます。当時はトップがいろいろ深く考えているとは気づかなかった。自分はその域に達してないと思いながら、本に線を引いています」

実は澤田は入社前に丸田に会っている。澤田は大学院で応用化学を専攻。当時社長だった丸田も、もともとは化学の研究者だ。父が花王勤務だった縁で、大阪支社に呼ばれて2人きりで1時間。「舞い上がって何を話したかよく覚えていない」というが、次の一言は胸に刺さった。

「物の色や形が変化するのは、化学の本質ではない。どんな物質も分子と原子からできている。分子と原子こそが化学の本質だから、そこを一生懸命に勉強しなさい」

感銘を受けた澤田は、花王に入社して研究部門に。ビオレ毛穴パックやスクラブ洗顔料などヒット商品につながる研究開発を積み重ねて、2012年6月に社長に就任した。研究でも経営でも、常に自身に問い続けてきたのは、「本質とは何か」だ。

「経営の本質とは、企業理念を突き詰めること。消費者・顧客の立場にたった“よきモノづくり”を行うという花王の使命を果たすためには、健全な経営基盤の構築が必要です。社長になって7年間、ひたすらそのことに取り組んできました」

真っ先に取り組んだのは、「従業員と心をひとつにした経営」だ。全員で同じ方向を向くために、それまでグループメンバー全員の旗印にはしてこなかった中期経営計画の開示を始めた。また、社員と直接ディスカッションする「ラウンドテーブル」をスタート。人数は約10人で、3時間。国内外問わず、体が空けば出かけていく。さまざまな部門や事業所を回り、現在は3周目に突入した。

「最初、マネジャーは優秀なメンバーを出してきました。でも、2周目、3周目になると、ポテンシャルはあるけど、何らかの理由で発揮できていない尖った社員が交じる。もともとそういう社員と話をしたかった」

壁にぶち当たった研究者から相談を受けることもある。そんなときは自らの経験を踏まえてアドバイスを送る。例えば、メイクブランド「AUBE」でマニキュアを開発していたころの話。当時のマニキュアはシンナーを使用していたため、爪が傷みやすいという難点があった。花王は水性のマニキュア開発に取り組んだが、前任者を含めて7年間、成果が出なかった。これまでの延長線上では開発できない。そう考えた澤田は、異業種に目を向けた。
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文=村上敬 写真=苅部太郎

この記事は 「Forbes JAPAN 2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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