「東芝の世界で勝てるテクノロジーに、経営が追いついていなかった。経営が変われば、もう一度センターに戻れる。すでに2019年度上期はV字回復に近い数字を出している」
原子力発電事業などの失敗と不正会計問題で危機に陥った東芝に、異分野からやってきたCEO車谷暢昭の言葉である。彼が危機の中にイノベーションの可能性を見出した理由はどこにあるのか。
車谷は旧三井銀行出身である。彼を知る人物は口を揃えて「三井のプリンス」と呼ぶ。財界の豪腕として名を轟かせた小山五郎の薫陶を受け、自身も一流バンカーとして名を馳せた。東京電力のメインバンクとして原発事故後、被災者支援スキームと東電支援スキームを同時に成立させるといった難題の対応にもあたった。
銀行員生活を終え、欧州最大の投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズの日本法人トップとして新たなキャリアを踏み出したはずだった。そんな車谷のもとに届いた、東芝CEOのオファーはまさに悩ましいものだった。
「アメリカだと会社のリソースや状況の説明があり、条件が提示されるんですよ。でも、日本ではとにかくやってくれといきなりオファーが届きます」
目先の損得を考えれば、リスクのほうが大きかった。事実、彼の友人たちは止めに入った。CVCの仕事も任期途中である。断る理由はいくつもあったが、彼は受け入れる。
「巨大な会社が難しい状況にあるのは何十年に一回のこと。自分が望まれるのであればと、受けることにしたんです」
危機ばかりが報じられるなか、詳しい内部事情を知らないまま、一人でやってきた東芝で、車谷は日本の製造業の「新たな勝ちパターン」を見出す。キーワードは「サイバーフィジカル」だ。
彼はそもそも東芝とはどのような企業なのかと問うた。その答えは「ベンチャー企業」だった。
研究所に集った一流のエンジニアが、技術を開発し、商品化して世界に販売していく。技術部門は元々がグローバルであり、世界で最も素晴らしい技術、もしくは世界で一番に開発された技術が高確率で市場の勝者になる。東芝とは、決して人真似をしないオリジナルの技術で上り詰めた会社だったのではないか。
「原発事業では海外の会社を買ったが、東芝向きのビジネスモデルではない。資本コストも高い。フラッシュメモリーも同様。家電はどんな企業でもつくれるようになった。だから、東芝はここでは戦わない。これらの事業は手放しました」
今、インターネットの世界の勝者たち、例えばグーグルやアマゾンは車やスピーカー開発に注力し、リアルな世界で流通するモノに注力している。言い換えれば、彼らはサイバーから製造業へと接近している。
なぜか。リアルな世界にこそ新たな金鉱脈があるからだ。インターネットだけでなく、実際に使われるモノからデータを取得する。インターネットとリアルの境目を超えた、サイバーフィジカルこそが次の時代の流れだ。
データ活用から新たなビジネスが生まれるとするならば、と車谷は考える。東芝には元々、製造業=フィジカルがある。そこをベースにサイバーへと融合を果たせば、より多くのユーザーデータを取得できる。データの量が次の時代の勝者の条件となる。彼が描く「勝ちパターン」はネット企業のそれとはベクトルは同じでも、上り詰める方法は逆だ。
「うちの技術者に聞くと、ものづくりのほうがソフトウェアに比べて圧倒的に難しいと言います。だから、勝機があると言っているんです」