ビジネス

2020.01.02

古いやり方は残さない。危機感から生まれたアステラス製薬の「芋づる式創薬加速モデル」とは

安川健司 アステラス製薬 代表取締役社長CEO


新たなアイデアが生まれても、「泌尿器の領域ではない」「移植とは関連性がない」といった理由で潰されていく。過去の成功体験に縛られ、既存品を超えるものが生まれにくい状態が続いた。さらに、08年から10年にかけて、主力製品が次々に特許切れを迎えていた。業績は悪化し、社内には停滞ムードが広がった。

安川が製品戦略部長に着任したのはこの頃だ。その翌年には経営戦略担当役員として、成長戦略の立案を命じられる。そして、模索の末に編み出したのが冒頭の「三角形」だ。

果たして、どんなビジネスモデルなのか。簡潔にいえば、「3つの要素」で研究開発を重ねて、各々を自在に組み合わせながら、次世代に求められる薬を生み出す創薬モデルだ。この3つとは、1. 免疫力やミトコンドリアの異常など疾患の原因となる仕組み(バイオロジー)、2. 遺伝子治療や細胞治療など汎用性がある治療の手段や技術(モダリティ/テクノロジー)、3. がんなどの具体的な疾患を指す。

例を挙げて説明しよう。現在、同社が研究開発を進めているもののひとつに、胚性幹細胞(ES細胞)由来の網膜色素上皮細胞「ASP7317」がある。これは、破壊された組織を修復する「再生」の仕組みと「細胞医療」という治療手段を、黄斑変性という「眼科」分野の疾患に当てはめて生まれたものだ。

黄斑変性の治療薬として成功した暁には、再生と細胞医療の組み合わせはそのままに、このノウハウを他の疾患領域へと対象を広げていくという。ひとつの成功をベースに、次々に創薬を続ける。これが、安川が言う“芋づる式”だ。先述したASP7317は、すでに米国で臨床試験が進んでいる。

「世界に先駆けて承認されたら、これは大イノベーションです。早く(承認まで)行ってほしいね」

3つの軸で研究員の士気も高まる

イノベーションを起こす仕組みは、研究員のモチベーションを向上させるうえでも機能している。その理由は、バイオロジー、モダリティ/テクノロジー、疾患の3軸でマイルストーンを設けたことで、従来の評価軸だった臨床に至る前段階でも、研究者が成果を示しやすくなったためだ。

「昔は途中経過を重視していなかったんですよ。でも、人間ってゴールが遠いと疲れるんです。臨床の手前にマイルストーンを設定すれば、達成感を得やすくなる。例えば細胞治療なら、細胞の分化を発生させられるようになったら手柄じゃないかと」

10年後、20年後を見据えて変革を起こす。その姿勢は創薬にとどまらない。近年は、バンダイナムコエンターテインメントと連携した健康増進に役立つアプリの開発など、医薬品以外の領域にも力を入れている。自社のノウハウに、異業種やスタートアップ企業などが持つ経営資源を組み合わせて、製薬業界の枠を超えた新たなビジネスの創出を狙う。

「すべてを自前でやる必要はありません。ほかの人たちが持っているノウハウをもらってもいい。そして、治療という領域からはみ出てもいい。我々の存在意義は、人々の健康に貢献することですから」
 
そして、こう付け加えた。

「いずれは社名も『アステラス』に変えたいですね。製薬という縛りは、もう要らないだろうと」


アステラス製薬◎国内第2位の売上高を誇る製薬会社。がんや泌尿器分野に強みを持ち、主力の前立腺がん治療剤「イクスタンジ」は年間売上高が3000億円を超える大型新薬として成長。近年は、再生医療や遺伝子治療へと事業領域を広げている。

やすかわ・けんじ◎
1960年生まれ。86年、東京大学大学院農学系研究科を修了後、山之内製薬(現・アステラス製薬)入社。製品戦略部長、経営戦略担当などを経て17年6月、代表取締役副社長経営戦略・販売統括担当に就任。18年4月より現職。

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文=瀬戸久美子 写真=宇佐美雅浩

この記事は 「Forbes JAPAN 2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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