取材が始まって数分が経つと、アステラス製薬社長の安川健司はおもむろに立ち上がり、ホワイトボードに三角形を描き始めた。3辺の角にはそれぞれ黒の文字で、「バイオロジー」「モダリティ/テクノロジー」「疾患」と書き込まれている。
「この三角形がちゃんとできれば、ここからいくつもの薬が生まれてくる。私はこれを“芋づる式”と呼んでいます」
ホワイトボードに描かれた三角形。これは、同社が採用している創薬のビジネスモデル「Focus Area(フォーカスエリア)」の図解である。安川が経営戦略担当役員だった2015年に考案したものだ。持続的かつ効率的に新薬を生み出すための「勝ちパターン」である。
国内の製薬業界で、第2位の売上高を誇るアステラス製薬。がんや泌尿器分野に強みを持ち、近年は再生医療や遺伝子治療へと事業領域を広げている。変革の立役者が、18年に社長に就いた安川だ。彼を突き動かしたのは、「イノベーションを起こせる会社でなければ生き残れない」という強烈な危機感だった。
変革の狼煙が上がったのは11年4月のことだ。
「うちの会社のR&Dは、生産効率が悪すぎる。このままでは、会社全体が縮小再生産に向かってしまいます」
執行部の面々を前に、こう直訴する安川の姿があった。当時の肩書は製品戦略部長。入社当初から「日本一の開発マンになる」との野心を抱いていた安川は、会社にとって必要とあれば、相手が誰であろうが物怖じせずに物申す存在だった。
「古いやり方を続ける人たちの中にいると、率直に『なんで?』と思う。非効率なことが、どうにも我慢できないんですよ」
ここで言う「古いやり方」とは、創薬のビジネスモデルのことだ。当時のアステラス製薬は、泌尿器や移植など、得意領域に経営資源を集中させて効率を上げる「グローバル・カテゴリー・リーダー(GCL)」戦略を掲げていた。
「投資家には、とても受けがよかったんです。でも、副作用として、研究者の発想の自由をどんどん奪ってしまった」