砂押貴久のエモーショナルライフ


「衝撃的だった。強烈で見たことがない写真」

そう振り返る。当時、学生だったレスリー・キーがブック(自分の作品集)を持って事務所に現れた。今では「日本で最も有名なカメラマンの一人」といわれるが、最初に才能を見出したのが尾留川代表だった。


レスリー・キー初の写真集「PRESENT BY LESLIE KEE」より。様々な人種の人物による集合写真のみで構成。松任谷由実や内田有紀らが参加し、同年に開催した写真展も成功をおさめた。 写真提供:レスリー・キー

「今は荒々しいけど、この子は絶対伸びる」という確信から、所属前にも関わらず、すぐに担当していた109のブランド広告撮影の仕事を振った。撮影した商品はヒット。レスリーも「FEMMEに入りたい」ということで所属が決まり、当時、入社半年程度だった男性マネージャーの鈴木一成を担当にした。ハングリーさを持つ男同士、どんどん仕事を勝ち取って作品を増やした。

採用の決め手は「次の時代を作る、売れる」

尾留川代表はクリエイターのマネージメントをする際、作品数や実績ではなく「次の時代を作る、売れる」という直感を頼りにしている。「作品から湧き出てくるような気に感動したら、絶対にスターにしたいという気持ちに駆り立てられる」という。そして「どんなに才能があっても人間愛や独自の考え方を持っていないと伸びない」ともいう。

それから5年後、レスリーと鈴木はスーパーソニックという事務所名で独立。スタッフがクリエイターマネージメント会社を立ち上げるのは初めてだったこともあり、事務所探しから始まり、出資、株主総会出席などのサポートをした。

マネージメント会社の宿命は、クリエイターとの出会いと別れだ。ただ尾留川代表の場合は、別の事務所へ移籍というケースは少なく、親離れのように独立していってるのが特徴といえる。「人生のパートナーの一人」だったMichou.も、2008年にC-LOVe設立後、2010年に独立した。

2004年:スーパーソニック設立(フォトグラファーのレスリー・キーと担当マネージャーの鈴木一成が独立)
2010年:ヘアメイクのMichou.が独立
2010年:M0マネージメント設立(ヘアのABE、メイクのYUKI、マネージャーだった井口倫子が独立)
2010年:little friends management設立(スタイリストの二村毅とマネージャーの永登明日香が独立)
2014年:SLITS設立(スタイリストの一ツ山佳子とマネージャーの岡田綾子が独立)
2015年:YARD設立(フォトグラファー荒井俊哉とマネージャーの依田直美が独立)

「もちろん寂しいけど、自分達がやりやすくなることで成長するイメージを持てるなら大きくなってほしい」

環境を変えたくなる気持ちも理解できるからこそ、成人する子どもを送り出す母の気持ちのように送り出してきた。だからだろう。今でもクリエイター同士が同じ現場になったりしても「仲良しにやっている」という。


時折、経営者としての顔をのぞかせる尾留川代表 写真:Hiro Kimura(W)

一方で、「このままではダメだ」とモヤモヤし始め、それまでの「クリエイターと家族みたいな関係」から「クリエイターと組織の関係」に考えを改めるようになる。学生時代は勉強が嫌いだったが、経営本や先輩に話を聞き、自分なりの社長像を作り始めた。好きな現場もできるだけ我慢するようにして、クリエイターやスタッフを見守るような距離感を保った。

「有名になって独立してもらうことは、会社としてデメリットだけでなくメリットにもなる。『◯◯さんが看板の事務所』というイメージが取れ、次の時代を作る新しい風を作りやすくなる」

これだけ有名クリエイターを輩出し、新たな事務所が誕生しても、クリエイターの発掘と成長をサポートしてきているのは尾留川代表の凄さだ。

文=砂押貴久

この著者の記事一覧へ

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい