砂押貴久のエモーショナルライフ

尾留川祐子・W社長 写真:Hiro Kimura(W)

フォトグラファー、スタイリスト、メイクアップアーティストなど、世界各国で経験を重ねたクリエイターが所属する「W」は、日本有数のクリエイティブカンパニーだ。マネージメント業に加え、所属クリエイターを束ねて広告制作を行うプロダクション事業、企業のブランディング・PR事業も行っている。

その代表を務める尾留川祐子社長は、これまでに、フォトグラファーのレスリー・キーやヘアメイクのMichou.、スタイリストの二村毅、一ツ山佳子といった“大御所クリエイター”を見出し、世に送り出してきた。

さらに、M0マネージメントの井口倫子代表など、マネージャーもクリエイター事務所として独立できるほど育てるなど、この業界に貢献してきた“THE 裏方”さんだ。

数あるクリエイター事務所の中でも、Wは「ファッションやビューティーに関わる編集者やクリエイターなら必ず知っている」「クリエイターが入りたくても、そう安々と入れない」と言われているほど、信頼とクオリティーを持ち合わせている。

マネージメントは、目利き力、交渉力、管理能力、そしてプロデュース力など、様々な要素を持ち合わせないとクリエイターを成長させることができず、事務所の発展も望めない。その世界で25年にわたり、様々なクリエイターと付き合い、時代とともに「売れるクリエイター」をマネージメントしてきた。これまでほとんどインタビューを受けてこなかった尾留川代表が人生やキャリアについて語った。

秋田にいながらセンスを磨く学生時代

1961年、秋田県生まれ。「娘に人と同じ服を着させたくない」という思いから、ファッション誌をみて気に入ったものを自分で作り上げてしまうような東京育ちの母のもとで育った。

小学生にして、パンタロン(すその広がったパンツ)をはきこなしていた。今の時代だったら「インスタで話題のオシャレ小学生」になっていたに違いない。秋田にいながら、早くから“人と違う感性”を育てられ、新体操やバレエ、日本舞踊といった体を使った表現も習った。

いつしか「何かを表現できるようになりたい」と漠然と将来の夢を持つようになった。


学生時代 写真提供:尾留川祐子

高校生になると、東京で演劇を習っていた姉の友人に影響で演劇の世界に興味を持ち、日本工学院 芸術学部に進学。在学中に「明かりで表現する美しさ」を見出し、舞台照明に興味をもち、アルバイトをしながら「日本初の女性照明プランナー」を目指す。

卒業後に舞台制作会社に就職するが、照明を運ぶ重労働に加え、男社会にいる窮屈さを味わい、舞台照明の道を諦める。「ただ、舞台や表現する世界には居続けたかった」という時に、舞台衣装を得意としていた女性スタイリストに巡り合い、衣装制作のサポートをする日々を送る中、今度は、映画を得意とする別のスタイリストからヘルプの仕事を受けるようになった。

文=砂押貴久

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