人生最悪の10日間、見えてきたもの|乳がんという「転機」#4

乳がんを経験した筆者が綴る手記(写真=小田駿一)


キラキラ輝くこと、キラキラ輝く人がはっきり見える


大切なことや人がはっきりした、とOも話していたが、同感だ。死を自分のこととして感じるようになると、世界がまるで違って見える。

残された時間がないので、極力無駄を省きたい、という本能が強く作用するのだろうか、今までむかついていたことや人がどうでもよくなる。具体的に言うと、向こうから嫌な奴が歩いてきても、かすんでよく見えなかったり、視界に入らなかったりする。負の感情を抱いている時間がもったいない、と心底思うからだろうか、不思議なほど、たいていのことはどうでもよくなる。

そのかわり、大切なことや、人は、キラキラと輝いてみえる。仕事も通えるだけありがたい、あるだけありがたい、家庭も居場所があるだけでありがたい、毎日朝が来るだけでもありがたく、太陽の光まで違ってみえる。

瞬時に身のまわりの断捨離ができる。仕事での判断もさらに早くなり、迷うことはほとんどなくなった。子どもたちの選択も、信じて任せてみよう、と自分の意図を一切加えずに尊重できるようになった。「瞬間断捨離力」を得ることができたのは、病気になってよかった唯一のことかもしれない。

当時、私には10人ほどの部下がいた。仕事が自分のよりどころではなかったはずの私としては意外だったのだが、まず部下たちに、自分の現状を共有したい、と思った。たいていは、がんと確定診断されてから職場の人たちに伝えるのだろうが、私の場合、あと1カ月以上も誰にも言わずに自分だけで抱え込んだ状態で職場にいることは不可能だった。

いずれ休職して一番迷惑をかけるのは部下だから、突然伝えるよりは、早めに状況を知って、心の準備をしておいてほしかった。知らされるほうにしてみたらいい迷惑だったと思うが、覚悟と希望をもって検査に進んでいくつもりであることを、話した。

みんな黙ってきいていた。日々明るく、あれやこれやと目の前の仕事を片付けてくれる仲間たちが、キラキラと輝く大切な存在として私の視界にばっちりと収まっていた。

ネコ
2017年3月20日撮影:マンションに住みついた猫。のんきでいいなあ。これからはこんな風に生きたいな。

乳房の厚み、4センチ必要?


なんだかんだ言って、検査も手術も、ものすごく怖い。特に全身麻酔が怖い。考えただけで気が遠くなりそうになる。と、Mに訴えると、Mは自身の専門の産婦人科での手術を持ち出して、こう言った。

「お産より怖くないよ。お産、怖いよ。それよりもずっと話はシンプルだし。まだ何も始まってないから、未来が見えずに余計怖いのかも。いったん検査が始まったら、少し良くなると思うけどなー」

そして、話題は、検査の話に移った。マンモトーム生検や、乳房MRIなど。最近Mが体験して、おそらく私もこれから受けることになる検査だ。

以下は、国立がん研究センター中央病院ホームページから抜粋したマンモトーム生検の説明である。

※ステレオガイド下マンモトーム生検とは、組織検査の一つです。マンモグラフィを撮影することで病変の位置を確認しながら、乳房に針を刺して乳腺組織を直接吸引採取します。採取した乳腺組織(石灰化)を顕微鏡で詳しく調べることで、乳がんなのかどうかを調べます。マンモトーム生検は、マンモグラフィの検査をして乳房内に石灰化が見つかり、精密検査が必要と判断された方(マンモグラフィ検診でカテゴリー3以上と判定された方)に対して行われます。傷口は5ミリメートル程度の小さな切開創で済むうえに、診断精度が高い検査です。患者さんの負担は比較的少ないですが、乳房に局所麻酔をして針を刺す検査ですので、検査の直前には医師による詳細な説明を受けて頂きます。さらに看護師と診療放射線技師を加えた体制で、検査に対応しています。

Mは、医師だからか、「マンモトームはすべて機械化されていて、結構楽しめた、ホーホーと機械に感心している間に終わった」という感想だった。乳房MRIなんて、検査を受けられるだけで感激して、とにかくうれしかったそうだ。そして、マンモトームは、乳房の厚みが4センチないと、針が乳房を通り越して胸郭に達してしまうから検査ができないらしく、もともとあまり胸がないからかなり無理して食べて太ってから検査を受けた、と言う。

乳房が4センチないと検査が受けられない、という情報は、食欲のない私を、食べることに向かわせるには効果てきめんだった。検査をしてもらえないと、手術が先に延びてしまう。早く手術して、悪いところを取ってしまいたかった。どうしても検査してほしかったので、急に食べる意欲が出てきた。術前に痩せてしまうというのは避けなければならない。もしかしたら、4センチの話は、Mが私に食べさせるための作り話だったのかもしれない。だとしたら、実にありがたい作り話だ。

お互いの胸が大きかったか、小さかったか、Mは記憶力も抜群なので、昔いっしょにお風呂に入ったときの私の胸の大きさを覚えていて、自分よりは大きいが、やせると4センチは危ういサイズだと指摘した。確かにそんな気がして、その時以降は必死で食べた。食べると、それまでのフラフラは少し改善した。
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文=北風祐子 写真=小田駿一

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