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2019.12.20 19:00

人生最悪の10日間、見えてきたもの|乳がんという「転機」#4

乳がんを経験した筆者が綴る手記(写真=小田駿一)

乳がんを経験した筆者が綴る手記(写真=小田駿一)

人間ドックの結果でマンモグラフィの「カテゴリー5」という結果が出た。ネットで調べたところ、「乳がんの確率、ほぼ100%」と出てきた。

新卒で入った会社で25年間働き続け、仕事、育児、家事と突っ走ってきて、「働き方改革」のさなかに乳がんに倒れた中間管理職の連載「乳がんという『転機』」4回目。

人生最悪の10日間


2017年の3月17日から26日、初診までの10日間は、心身ともに最悪の状態だった。常に息苦しく、胸が痛く、吐き気が止まらず、何も食べる気がしない。首の裏から頭の骨までがガチガチに固まって痛く、目の奥も痛くてまぶしく、たまに耳鳴りもして、ぞくぞく寒気がおさまらず、肩こりはいつもの10倍ひどく、不眠。全身にがん細胞が回っているとしか思えない状態だった。

医師をしている高校時代からの親友Mいわく、がんかもしれないというショックによる一時的な心身症ではないかとのこと。生きた心地のしないまま、時間の感覚もなく、一日一日をなんとかしのいでいた。

こんなタイミングで、購入を申し込んでいた新築マンションの一室が、抽選なしで買えることになってしまい、このまま闘病生活になってちゃんと働けなくなるかもしれないのに、大きな買い物をしていいのかと、説明会でもうわの空。ギューッと不安で押しつぶされそうになるたびに、LINEのタイムラインに載っているMの言葉を読み返して、気持ちをなんとか取り戻していた。

夫は相変わらず寡黙だったが、体を動かして悪いことはなかろうと、散歩に誘ってくれたり、家事をたくさんやってくれたりして、「まだ決まったわけではない、一つずつ歩いていくのみだ」との覚悟と希望を態度で示してくれた。ほかにすることもないので、週末は黙々と、夫婦であてどなく散歩した。たまに息子も同行した。特になにも話さず、ひたすら歩いた。

会社には、毎日這うようにして行っていた。各種飲み会に行く気にはどうしてもなれず、体調不良を理由にキャンセルしまくった。できれば病名が確定するまでは、会社に行きたくなかった。

その点についてMは、仕事に行けないと感じるということは、職場ではかなり無理して明るく振る舞う、とか、必要以上に他人に気を使っているからだ、と指摘した。これを機に、その仕事に対する意識も変えるべきだ、と。痛いところを突いてくるな。おっしゃる通りだ。

サバイバーの大先輩からの、3つのアドバイス


社内で数少ない友人のOに偶然会った。このタイミングで会うべくして会ったと感じたので、そばの空いている会議室に引っぱっていき、現状を話した。Oは、悪性リンパ腫で予後何カ月とまで言われたのに復活した、驚異的なサバイバーだ。

彼は、フラフラの私に、3つのことを言った。

(1)人間は死亡率100%だ。
(2)常に最悪の事態を考えるようにしろ。そうすると、それよりマシだったときにホッとする。
(3)気をしっかり持って。

自分なりに解釈し直してみた。

(1)人間は誰でもいつかは死ぬんだから、そのタイミングがいつ来るかというだけの話だよ、ずっと生きていられるとでも思っていたの? 甘いよ。しっかり生きないと。
(2)自分にとって都合のよい情報に感情的に流されることなく、冷静に状況を見極めろ。
(3)病は気から。気持ちで負けるな。

「よく、あの人は病気になって神様みたいに優しくなった、といった話を聞くけど、僕は人格なんて変わらなかったよ。生きるのに必死だから。大切なことや人がはっきりした。あとは、ちゃんと働かない奴が時間を無駄にしていることに対して、ムカつくようになったかな」

その夜、Oは、心配だからと、メッセンジャーで連絡をくれた。

病気を経験すると、絶望的な気持ちに襲われるが、そこで人生が終わるわけではなく、全く新しい人生が始まるだけだ。自分自身は経験がないが、たぶん結婚したり、子どもができたりして人生が変わったのと同じ感じなのではないか。結婚前や子どものいなかった頃に戻ることができないように、新しいステージを自分で受け入れてポジティブに生きていく……ただそれだけのこと。

だから、どうぞいたずらに不安にならず、なるようになる! と覚悟を決めて、その上で、新しい経験を通じて今までと違う自分、変わらない自分を楽しんでもらえたらと思う。

クリスチャンのOは、「神はあなたがたを耐えられないような試練に会わせることはなさいません」という言葉を聖書から引いた。笑ったり、好きなものを食べたり、普通の一日を、一日一日重ねていけることが一番の幸せだからね。病気は自分自身が弱っているとつけこんでくるから、「自分はなんか平気な気がする」ってくらいにのんきに構えていたほうがいいよ。何よりも、精密検査、生検で良性であるよう祈っています。

病気は誰にも代わってもらえない、孤独な闘いだけど、言い換えれば自分次第でどうにでもなるから。今はどこかが痛かったり辛かったりするわけじゃないから普通に生活できるのだし、それはどれだけ感謝なことか……応援しています。

一緒に落ち込んでくれたり、なぐさめてくれたりは一切なく、この局面をどうしたら乗り越えていけるのか、率直で冷静なアドバイスをくれた。余命宣告されて、身辺整理までした人の言葉は強く、重い。崖から落ちそうになっているところを、ぐーっと引き上げてもらっている気がした。

Oも、智子も、Mも、夫も、共通して持っているのは「覚悟と希望」。両方とも、生き抜くためには欠かせないことなのだと思う。
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文=北風祐子 写真=小田駿一

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乳がんという「転機」

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