国際モータージャーナリスト「ライオンのひと吠え」

世界的なスポーツカー人気に火をつけた「マツダ・ロードスター」。毎年、同車のレース仕様車を使った耐久レースが開かれている。17回目の参加を決めた筆者は、“ドリーム・チーム”を結成。各界の有志と挑んだレースは、ドラマチックな展開を見せることに。


1989年、世界の小型スポーツカーを変える日本車が誕生した。マツダ・ロードスターだ。小型スポーツカーの世界的な人気に火をつけ、ポルシェ・ボクスター、メルセデスSLK、BMW Z3、フィアット・バルケッタなどの製造にインスピレーションを与えたロードスターは、すでに100万台を販売し、オープンカーの記録保持車としてギネスブックに載った。

同車に自信をもったマツダは、できる限り多くのクルマ好きにロードスターの走りのよさをアピールしようということで、初代が生まれた89年に、レースを立ち上げた。その名も「メディア対抗ロードスター4時間耐久レース」。毎年9月に筑波サーキットで開催されている。マツダは25台ほどのロードスターのレース仕様車を用意し、日本の有力媒体に1台ずつ貸して参戦させ、代わりに、それぞれの媒体がロードスターについて記事を掲載する。

そのレースのルールは少し複雑だが、簡単にいうと、各チームは最大5人までドライバーを用意し、1人のドライバーの走れる時間は50分以内、そして4時間のレース中に消費できるガソリンの量はたった60lと決まっている。

今年は30周年記念レースで、僕にとっては17回目の参加。1台を貸してもらった僕はできる限り国内外のメディアに露出されるよう、“夢のチーム”を結成しようと思った。まずはロードスターの主要な市場であるアメリカで広く露出されるべく、世界最大級の自動車ウェブサイト「Roadshow by CNET」とタイアップし、ニューヨーク州在住のティム・スティーブンス編集長をドライバーの1人として招いた。

また、ゲームの世界で有名なドライビング・シミュレーション・ゲーム「グラン・ツーリスモ」ともタイアップし、6年前のグランツのアジア・チャンピオンである山田和輝を5人目のドライバーとして誘った。グランツはFIA(国際自動車連盟)に認定されたゲームで、昨年からFIA GT選手権の世界大会を開催しており、僕のレースカーのカラーリングは「FIA GT・CNET」に。他のドライバーはここ数年、僕のチームを支えてくれた斎藤聡選手と泉美宏選手。そこに僕を加えた5人で挑んだ。

スティーブンス編集長は初めて筑波サーキットを走ることになるので、本番の4日前にグランツの東京本社で少し練習をさせてもらった。

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ドライバーシートに収まる筆者。レーシングスーツには母国であるオーストラリアの国旗やスポンサーロゴが。

文・写真=ピーター・ライオン

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