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瀬戸欣哉 LIXILグループ取締役代表執行役社長兼CEO

「このオフィスに“思い”はありますよ。面白い仕事をしようと思って毎日来ていて、一方ではクビにもなりかけた。でも、未練はない。心機一転、やるだけです」

LIXILは今年11月、本社を江東区大島に移転する。現在の本社は、日本初の超高層ビルと言われる霞が関ビルディング36階。応接室で取材に応じた瀬戸欣哉は、ここで過ごした3年間を感慨深げに振り返った。

経済小説さながらの波乱の展開だった。工具ネット通販「モノタロウ」を東証一部に上場させた“プロ経営者”の瀬戸が、LIXILに招聘されたのは2016年1月。新しい取引制度の導入など改革を推し進めたが、道なかばの18年10月、突然の解任が決まる。「青天の霹靂。理由がよくわからず、残念の一言でした」。

背景には、創業家の一員が過度な影響力を及ぼすといった問題があった。ガバナンスに疑問を抱いた瀬戸は、今年6月の株主総会で株主提案を提出して、接戦の末に会社提案に勝利。8カ月ぶりにCEOに返り咲いた。

退任後もプロ経営者として引く手あまただったろう。なぜ復帰を目指したのか。背中を押したのは、自身が社員に説いてきた“ドゥ・ザ・ライト・シング”の精神だった。

「新しいリーダーが打ち出した方針で経営すると、この会社は大変なことになる。自分がみんなに約束したことを放り出して逃げたら、はたしてドゥ・ザ・ライト・シングをしたと言えるのか。そう考えたときに、この道を選ぶことが正しいと思いました」

ドゥ・ザ・ライト・シングは、一般的に「正しいことをせよ」と訳される。 ただ、瀬戸は「自分の頭で考えて」というニュアンスを加えて使う。原点は、父の戦争体験だ。父親は14歳の夏に終戦を迎えた。新学期、それまで鬼畜米英と教えていた先生たちの言うことが180度変った。「その様子を見て、人の言うことを鵜呑みにしてはいけない、最後は自分で考えて正しいことをするしかないと父は思ったそうです」。

子どものころに聞いた父の話は、ずっと心に残っていた。大学卒業後は住友商事に就職。五大商社の中で最後発の住商を選んだのは、「若手でもバッターボックスに立てると考えたから」。住商と米グレンジャー社が出資して住商グレンジャー(現MonotaRO)を創業したときは、出向ではなく、住商から籍を抜いて参画した。戻る権利を捨てたことに対して、住商を軽く見ているのかと怒る人もいた。

文=村上 敬 写真=間仲 宇

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