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彼女が楽屋から撮影スタジオへと向かうと、取材スタッフ全員が言葉を失った──。「言葉を失った」というより、「心を奪われた」と表現するのが正しいかもしれない。

彼女とは、日本のモデルシーンを牽引するトップスター・マギーだ。「可愛い」や「綺麗」といった月並みの言葉では表せない、“彼女だけのかっこよさ”を目の当たりにし、私たちは文字通り、雰囲気に“飲まれた”のである。

マネージャーの話を聞いて、納得した。彼女は数年前から、モデルや女優といった型に自分をはめることをやめ、“マギーらしさ”を追求することに徹底的に向き合ってきたそうだ。

16歳で芸能界デビューし、雑誌『ViVi』の専属モデルに。単独で表紙を飾る“看板”になったかと思えば、24歳という異例の若さで卒業。現在はファッションブランド「SURIPSIA」の立ち上げや、プロテイン「CRAS」のプロデュースなど、活動域を定めることなく活躍の舞台を広げている。

モデルから女優、女優からプロデューサーへ。変遷の背景にある想いについて尋ねると、彼女は「憧れを超えた自分になりたいんです」と答えてくれた。未来を限定せず、次々と変化していく彼女独自のキャリア論を紐解いていく。

24歳で“憧れの自分”を脱ぎ去った

もともと、現在のように、複数の肩書きを持つワークスタイルを目指していたわけではありません。むしろ、とにかくモデルの世界でトップに立つことだけを考えていました。

16歳で芸能の世界に入り、右も左も分からず、先のことを考える余裕なんてなかったと思います。目の前の仕事に集中し、毎日を必死に生きることで精一杯でしたね。

当時、掲げていた目標は雑誌『ViVi』の専属モデルになること。その目標が叶ったのは、デビューから2年が経った、18歳のタイミングでした。

いま振り返ってみると、『ViVi』と過ごした日々が、私の“今”をつくる原点になっているのかもしれません。第一線で活躍する先輩方からプロフェッショナルとは何かを学び、23歳のときに単独の表紙に選んでいただいたことでようやく、「自分もプロフェッショナルになれた」と自信を持つことができたんです。

きっとこのまま努力し続ければ、モデルとして、理想の未来をつかめるとも思いましたし、デビューした頃から憧れていた『ViVi』で、活躍し続けられる気がしました。ただ、それは嬉しいことである反面、少しだけ違和感を感じることでもあって。何だか約束された道を歩いているように思えたんです。

憧れは、自分を奮い立たせるエネルギーになります。しかし、憧れを追い続けるということは、本来持っているはずの可能性を狭めることにもつながる。憧れを抱くことで、思い描いた自分になれるかもしれないけど、思い描いた自分にしかなれないかもしれないですよね。

もっと思うがまま、自分の直感に導かれていく人生を生きることで、「憧れを超えた自分になりたい」──私は、24歳で『ViVi』の専属モデルを卒業しました。

文=倉益璃子・小原光史 写真=小田駿一

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