──撮影中にいちばん苦労されたこと、また新たに発見したことは?
広瀬 菊地さんの仕事の邪魔やストレスにならないよう、事前に期間を決めました。例えば3日間だったら、3日間のうちの3〜5時間一緒にいさせてもらって撮るというように。でも当然ですが、自分の撮りたいシーンを必ず撮らせてもらえるわけではありません。果たしてこれがひとつの作品になるのか、正直最初は心もとなかったです。
その中で、菊地信義という装幀家の本質を垣間見たと思った瞬間があって……。3年目でしたが、菊地さんがモーリス・ブランショの『終わりなき対話』という本で、表紙の文字がカバーの紙にうっすら透けて見えるようにずっとグラシンという紙にこだわっていた。美しい紙ですが、カバーとしては強度が弱いので、PP加工など何度かテストを繰り返していました。
ところがある日電話があって、「グラシン、やめました」と言われたんです。「その代わり、別のトーメイ新局紙という紙にします」と。驚きました。グラシンを前提としたデザインだったし、実現させるために試行錯誤を繰り返していたのに、結構あっけらかんとしていたから。そのとき、「ああ、これが菊地信義なんだ」と感じたんですよね。
菊地が手掛けた装幀
つまり、それこそが菊地さんが常々言ってきた「装幀は自己表現ではない」ということだと思うんです。装幀はあくまでマーケットに流通させるのが目的。「やりたいことを貫けなかった」という妥協ではなく、もうひとつの選択肢に落ち着いた、その過程こそが菊地信義なんだなと。これまでに1万5千冊の装幀を手がけながら、「僕は空っぽだ」「達成感がない」なんて言い方をされていましたが、その言葉の意味をようやく理解できました。
菊地と、弟子にあたる装幀家・水戸部功。©2019「つつんで、ひらいて」製作委員会
ドキュメンタリーは“疑ってナンボ”
──広瀬さんは武蔵野美術大学の映像学科を卒業後、是枝裕和監督や西川美和監督が率いる映像制作者集団「分福」に籍を置かれていますね。
広瀬 武蔵美に入ったのは、漠然とですが、ものをつくりたい、映画監督とまでは思わないけれど映画づくりに関わりたいという気持ちがあったから。武蔵美の映像学科は、「監督コース」「脚本コース」というような専門に特化していないところが当時の自分に合っていたんですね。1年次は絵画や彫刻もやるし、2年次には映像のアニメーションや写真、メディアアートも選択できる。広く浅く学んでいく学校なので、最終的に自分のやりたいものが見つけられればいいという方針なんです。
でも卒業後は、プー太郎で(笑)。就職が決まらずどうしようかなと思っているときに、「是枝監督が若手の監督育成を目的に、監督助手を募集している」と友人から聞いて、なぜか私に勧めてくれた。それで受けたら合格しました。第一期は3人で、そのうちの1人が私です。是枝監督の『そして父になる』や『海街diary』、西川監督の『永い言い訳』などの監督助手などを務めたのち、2019年1月、映画『夜明け』で監督デビューしました。
映画『夜明け』…出演:柳楽優弥/YOUNG DAIS 鈴木常吉 堀内敬子/小林薫 Blu-ray&DVD発売中 ©2019「夜明け」製作委員会