280万部超のベストセラー、俵万智『サラダ記念日』をはじめ、大江健三郎、古井由吉、浅田次郎、平野啓一郎、金原ひとみら1万5千冊以上もの本を手がけ、40年以上にわたり日本のブックデザイン界をリードしてきた稀代の装幀家・菊地信義。彼の仕事ぶりを追ったドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』が2019年12月14日(土)より全国順次公開される。
監督の広瀬奈々子に、柳楽優弥主演の『夜明け』(2019年公開)に続いて2作目となる本作について、また装幀の魅力について話を聞いた。
妥協ではない、引き際のタイミング
──映画の冒頭、観客は菊地信義さんのされていることが何を意味するのかわかりません。実はそれが装幀の一部の種明かしなんですが、非常にワクワクする始まり方でした。広瀬監督はお父様が装幀家でいらしたとか。数多いる装幀家の中で菊地さんを撮りたいと思った理由は何ですか。
広瀬 実家にあった菊地さんの『装幀談義』(筑摩書房刊)を読んで、それが非常に面白かったんです。「装幀」という仕事がどういうものか腑に落ちたし、菊地さんの職人に徹するような姿勢に惹かれた。当初は「テレビドキュメンタリーになれば」と、企画書をまとめました。
若松英輔著『イエス伝』の表紙案を前に試行錯誤する菊地。斜めに並んだ「イエス伝」の文字の大きさや配置に苦心していた。©2019「つつんで、ひらいて」製作委員会
初めてお会いしたのは2014年12月だったと思います。そのときは「映像があまり好きではない」というようなことをおっしゃられたので、半ば断られたと落ち込んでいたんです。でも、1カ月後にもう一度ご連絡してお会いしたら、前回とは様子が違って、「いいこと思いついたんだ。僕の頭にちっちゃいカメラを取り付けて手元を撮るのはどうかな」と(笑)。確かに菊地さんの手元は撮りたいけれど、「撮る側(私)が何を見つめていくか」が重要なので、カメラは私に持たせてほしいとお願いしました。