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2020.01.17 11:00

激動の自動車業界で大手部品メーカーが選んだ生き残り戦略。それは「働きがい改革」で新たな価値を生み出すことだった

アイシン精機取締役社長 伊勢清貴

アイシン精機取締役社長 伊勢清貴

「生き残りをかけて真の競争力を身につけるために、仕事の量ではなく質を追求する。これらを実現するために、個々が働きがいのある充実した人生を実現させる。働き方においてもアイシンならではの新たな価値を生み出していく必要がありました」

働き方改革によって企業価値の向上につなげ、持続的成長を支える経営基盤を強化する──大手自動車部品メーカーのアイシン精機取締役社長、伊勢清貴はそう語る。

従業員数が少なく、社長のメッセージが直接届く環境であれば、鶴の一声で職場の働き方を変えることができるかもしれない。しかし、連結企業を含め従業員数が12万人以上、世界中にグループ会社がある大企業となると、容易なことではない。至難の業と思われた働き方改革に踏み出した、アイシン精機の戦略を探る。


愛知県刈谷市に本社のあるアイシン精機は自動車部品のほか、エネルギー・住生活関連製品などの製造・販売などを行う。トヨタ自動車をはじめ国内主要自動車企業はもちろんのこと、GMやボルボ、BMWといった欧米・アジアの自動車企業とも取引を行っている。

国内83社、海外134社(2019年4月1日時点)の連結子会社を持ち、グループ会社はヨーロッパ、アジア、南北アメリカなど世界各地に広がる。グローバルに展開する同社は、多様な事業と、営業、技術開発、生産管理、調達、品質保証などさまざまな部署や多くの生産工場がある。そんな同社が働き方改革やダイバーシティを推進するようになったのは、「いつも問題意識を抱えていた」という伊勢の危機感からくるものだったという。

大変革期の自動車業界で生き残るために

伊勢が抱えていた危機感とは具体的にどのようなものなのか。それは、世界を相手にする自動車部品メーカーとしての将来への懸念だ。

「自動車業界は100年に一度の大変革期にある」と語る伊勢。「CASE」と呼ばれる、Connected(コネクティッド)、Autonomous(自動運転)、Shared/Service(シェアード/サービス)、Electric(電動化)という4つのキーワードに集約される自動車技術の進化が加速している。サービス面でも、自家用車をはじめ、カーシェアリングやライドシェアなど、さまざまな移動手段を連携させるMaaS(Mobility as a Service)が浸透しつつある。

また、新興国を舞台にした低コスト競争に向けた強化、持続可能な社会の実現に向けたSDGsの取り組み、ESG(環境・社会・ガバナンス)を重視した経営、不採算商品のスクラップ&ビルドなど、経営基盤の強化にスピード感を持って取り組まねばならない。

我々は欧米を追う立場だったが、今や中国から追われる立場となった。手本となる存在がない状況で、過去の体験やルールに縛られることなく発想を転換して質の高い仕事をすることが重要だ──そんな変革を求める時代の空気を、伊勢はひしひしと感じていた。

一つひとつの職場、一人ひとりの社員が主役

「私たちの働き方改革の目的は単なる残業削減ではありません。一人ひとりが働きがいのある充実した人生を実現し、仕事においても新たな価値を生み出す。そのためには自発的に改革を進める職場づくりが重要です」と伊勢は語る。

時間や場所に捉われない働き方を促進する「テレワーク」や、これまでの文化・慣習に捉われない新たな発想を生み出すことを目的とする「服装のカジュアル化」を導入。その他にも、働き方改革によって生まれた時間を有効活用してもらうため「早帰りデー」や「自己啓発補助」等の施策も展開した。

こうした制度や社内風土を醸成するとともに、働きがいのある充実した人生を実現することを目的としたモデルチームづくりにも取り組んだ。

モデルチームは社内の異なる機能より4チームを選抜。働き方を見直すコンサルティングを手がけるワーク・ライフバランス社の協力の下、パフォーマンスの高いチームに必要とされるコミュニケーションや信頼関係をベースとしたチームビルディングに取り組んだ。

チーム全員で「チームのありたい姿」を描き、時間の使い方を可視化して現状を把握する。本来何をやるべきか、何をやりたいのか。そして現実とのギャップは何か。チーム内で討論を重ねるうち、業務効率化につながる様々なアイデアが実行された。

さらに、討論を重ねることで上司や同僚とのコミュニケーションが増え、誰かが誰かをカバーできる、誰が休んでも支障をきたさない体制を構築していった。

約8カ月の活動の結果、全チームがコミュニケーションを通じて各々のモチベーションも上がり、チーム内の業務が今まで以上にうまく回り始めた。


「チームのありたい姿」を付箋に書き出し、ゴールイメージをメンバー全員で検討する

 社員の主体性から生まれた、働き方改革の成果

働き方を変えるのは、命令ではなく社員一人ひとりが主体性を持つことが大事だと、伊勢は強調する。

「社長が言ったからやりましょう、ではダメ。管理職の人間が本気になって、仕事のやり方の変革に向けて変えていこうという姿勢を見せる。そうすると、部下が真剣味を持つ。その上で、その部署ならではの提案があって、実行して、物事が変わることによって実感が湧く。実行すると面白くなってきて、もっと取り組もうとさらにいいアイデアが出る。成功体験はモチベーションを上げることにつながるんです」

モデルチームメンバーの男性社員からは、「働き方改革を通じて早く帰宅でき、家事を手伝うようになったことで妻に大変喜ばれた。家族との時間が増え、仕事のモチベーション向上につながった」との声があった。このような一人ひとりの成功体験を増やしていき、社内に広めていく。


職場改善に取り組んだ社員たち。コミュニケーションの濃度が高まり、関係の質も向上した

ダイバーシティの推進がイノベーションを起こす

「少子高齢化が進み、労働人口が減少傾向にある日本では、全社員が仕事のやり方や質を変え、ワーク・ライフ・バランスを実現する必要がある。男性中心の長時間働く会社から、男女問わず育児や介護など様々な制約を抱えた社員が、短時間で効率的に仕事を進め、各々の能力を最大限発揮してもらえる会社に変えていかなければならない。多様な価値観を持った人材が活躍できる環境の中でこそ、イノベーションが起こる──伊勢はそう考える。

2014年には女性社員による「きらりプロジェクト」を発足させた。女性活躍にあたっての課題解決を推し進めるべく、各機能から女性代表者が集まり、職場の声や状況を踏まえた改革に取り組み始めた。女性重視、ではなく、男女の性差にかかわらず多様な働き方を社内に浸透させるため、これまで制約の多かった女性社員の立場から、労働環境を革新しようという動きだ。

さらに、翌2015年に生まれたのが「イクボス塾」。部下のキャリアと人生を応援しながら、組織業績も出し、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司=「イクボス」を増やすための活動だ。自分たちの働き甲斐も含めて女性活躍を推進していく気風が生まれた。

伊勢が多くの社員と話して感じることは、問題意識をしっかり持っているのは子育て中の女性社員だと言う。

「子育て中の女性社員は、子供を迎えにいくために、定時でしっかり終わらせようとする。それに比べて男性社員の多くは残業ありきで仕事をする。まだまだ『量より質』のやり方になっていません」

「今日中に終わればいいや」と、「◯時までに絶対に終わらせなくてはいけない」では仕事の密度が当然変わってくる。目的をしっかりと見据えた働き方をする子育てママ世代を伊勢は絶賛する。

一方で、男性社員の育児休業についても想いがある。「女性活躍の視点で妻に代わって夫が育休を取るという一面だけでなく、育児という新しい経験をすることで、仕事とは違う価値観に基づいたアイディアの着想が得られるという、男性自身にとってもプラスになるはずだ」と伊勢は考える。

男性が育児に際して休みを取得することが当たり前という風土を醸成するため、メッセージ配信や休暇制度の拡充など、会社としてもさらに取り組んでいく。

社員一人ひとりの働きがいの向上に向けて

男性も女性も働きやすい環境へ。社内の問題提議、そしてチームでの討論・アイデアの実践。成功例は全社で共有する。この積み重ねによって、2015年度には間接職場における月平均残業時間が33.5時間だったが、2019年度は19.3時間に削減される見込みだ。さらに年次有給休暇取得率も、2015年には全社で98.1%だったが2019年は98.7%に。平均勤続年数も、2015年には全社で男性15.8年、女性12.5年だったが、2019年には男性16.7年、女性13.5年となった。社員の「仕事の充実感」に関する意識調査結果も上昇傾向にあり、少しずつではあるが、確実に、働きやすく働きがいのある会社へと変わってきている。

「働き方改革」はいわば「働きがい改革」。これまでの仕事の質を思い切って変革し、ワーク・ライフ・バランスの向上を通じ、働きがいのある充実した人生を実現することである。そうすることで、仕事においてアイシンならではの新たな価値を生み出していく。今後も働きがい改革の取り組みをより一層加速させる。





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