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「我が社ではもう『働き方改革』という言葉を使っていません。働き方改革というと、労働時間の削減や休暇の取得などワーク・ライフ・バランスに偏った活動にフォーカスされがちです。しかし、私たちJSRにとっての『働き方改革』は競争力をつけるための抜本的な仕事の進め方の見直しなんです」

全社が一体化して統一した働き方改革を進めるのではなく、社員一人ひとりがモチベーションをアップさせる働き方を実践できる施策をとる──。タイヤ素材から半導体製造用材料、ディスプレイ材料、医療で使われるライフサイエンス分野まで多岐にわたるマテリアルを製造するJSRの代表取締役会長、小柴満信はそう語る。

JSRは1957(昭和32)年に自動車タイヤの原料である合成ゴムの国産化を目指して創業した、石油化学メーカーとしては老舗企業だ。80年代には電子材料分野に参入。90年代には欧米と北米に工場を建設し、社名を「日本合成ゴム」から「JSR」に変更した。アメリカのほか、韓国、中国、ヨーロッパなど41カ所に海外拠点があり、グローバルな事業展開を行っている。

現在は合成ゴムを中心とする「エストラマー事業」のほか、半導体材料やディスプレイ材料といった「デジタルソリューション事業」、診断・研究試薬やバイオプロセスの材料などの「ライフサイエンス事業」と、マテリアル事業が主要産業となっている。

「おそらく、JSRの製品がこれだとわかる人は少ない。でも誰しもが気づかなくともうちの製品を使っている、というのが弊社の特徴ですね」と、小柴は語る。

長時間労働を是認する社風を改革

90年代にアメリカ西海岸にJSRの支社を立ち上げ成功させた後、2002年に帰国した小柴。しかし当時のJSR社内の働き方を目の当たりにしてカルチャーショックを受けたという。

「朝来るのが遅い。夜21時になっても帰らない。働き方の違いに愕然とした」

90年代のアメリカ西海岸では、7〜8時から仕事を始め、18時には帰るのが当たり前。早起き、定時退社が身についた小柴にとって、夜遅くまで残業、そして翌日の出社が遅くなり、その結果また夜遅くまで残業、という働き方に大きな違和感を覚えたのだ。

「朝10時に来て12時にもうランチタイム? 朝の2時間じゃなにもできない。一体何なんだと。これは酷い。自分が部長になったら、まずは残業時間の削減から取り組もうと決意しました」と、小柴は振り返る。

小柴が帰国した2000年代、JSR社員の平均残業時間は約30時間。長時間労働がまだ是認される風土だった。そんな中、小柴が突然自部署で「残業削減」を掲げたが、周囲からは猛反発を受けたという。

「海外から帰ってきた人間が突然何を言っているんだと、反発は相当なものでした」

長時間労働が慣習となっていた働き方を、海外から戻ってきていきなり変革しようとする小柴は、まさに黒船襲来といったところだった。

しかし、残業削減を掲げた小柴は決して社内で孤立した存在ではなかった。同じ境遇の「海外組」を中心に賛同者が得られた。そして先輩に対しても物怖じしない小柴が主導し、彼の部署で働き方改革を遂行した。

育休をあえて長期化させない、一線を画した改革

その動きは、2009年に小柴が代表取締役社長に就任してから、より明確になる。

生産性の高い働き方、仕事のスキルアップ、余暇の充実を図るため、2010年に全社員に向けて『ワーク・ライフ・マネジメント推進』のメッセージを発信した。

数十年の間に日本の社会は少子高齢化、グローバル化が急速に進んだ。経済を取り巻く状況も、新興国市場の拡大、市場ニーズの多極化が顕著に。JSR内でも性別や国籍など様々なバックグラウンドを持つ人たちが集まる職場への変化が求められた。企業が将来を見据えた取り組みを行わなければ、JSRが企業として生き残れないことを意味していた。

そして2010年、10年後のあるべき姿を目指して3段階の中期経営計画をスタートさせた。事業のグローバル化の進展、そして持続的成長のために競争力を強化するのと同時に、ダイバーシティ推進のメッセージも発信した。

当時は育休制度のみならず、各種両立支援制度の拡充は進んでいた。しかし他の企業とは一線を画す。例えばJSRの育休は子供が1歳6ヵ月(保育所事情により最長2歳)まで取得できるが、「浦島太郎氏にしない」ため、2000年代大手企業が3年間などと育休の長期化にシフトする中、あえて長期化していない。

こういった活動が認められ、2007年、2012年に厚生労働省の認定マーク「くるみん」を取得。ダイバーシティ推進活動についても2016年、2017年と経済産業省「なでしこ銘柄」の認定も受けている。直近では厚生労働省の女性活躍推進認定マーク「えるぼし」も取得した。

成果は男性社員の育児休業取得者の伸びにも表れている。育児休業取得率は直近5年間で1.4%から26.2%と大幅に増加した。

デジタルスキルで研究開発を爆発的にスピードアップ

そして2017年度からは「ワーク・スタイルイノベーション活動」をスタート。この時、JSR社員の平均残業時間は月間20時間弱、もはや長時間労働は当たり前ではなかったが、「今の働き方はこれからのビジネス環境で本当に競争力があるのか、今一度見つめなおそう」と改めて取り組み始めた。

まずは活動目的を皆で考え直すことから着手した。活動当初、世間の「働き方改革」は痛ましい労災事件の影響で「残業削減」「ワーク・ライフ・バランス」の施策が中心だったが、JSRの活動はあくまでありたい姿を実現させるための手段であり、一律に残業を削減するような活動はふさわしくない、との結論に達した。

さらにすべての部署で「自部署のありたい姿は何か?」をディカッションし、アクションプランを策定、担当役員から内容を発表、活動の進捗を事務局と監査部門で定期的にヒアリング。この一連の地道な活動を3年繰り返した。国内役員によるワークショップも開催し、内容をイントラで全社公開したこともある。



200人超の管理職、役員がワークショップに参加。「競争力のための活動」とのマインドセットがなされた

活動当初は「まだ雑巾を絞るのか?」との苦情も多かったが、都度発信されるトップメッセージから、「すべてはありたい姿実現のため」「自部署に合った働き方の改革を」との機運が生まれた。

モデル部署でのプロジェクトも実施した。8か月にわたる活動では、若手中心に業務時間の検証、ディスカッションでアクションを一つずつ実行した。得た成果は「自分のアイディアが形になる」ことでの自己効力感。実験室の大改造を行ったチームもあれば、学んだディスカッション手法で、製造トラブルの続くとある製造部門で風土改革推進係を買って出る者もあらわれた。

意識だけでは改革は進まない。ワーク・スタイルイノベーション活動と同時にJSRではデジタル化にも大きく舵を切っている。まずは統合基幹業務システムの刷新に白羽の矢が当たった。社内にはいたるところにデータが眠っているが、情報の収集にかかる時間と労力は多くの企業の問題だろう。ここに無駄があれば肝心な分析、次期アクションへのスピーディな着手に取り掛かれない。そこで統合基幹業務システムにメスを入れることを決定し、2021年の本格稼働に向けて総額100億円を超える大幅な投資を実施している。社内のペーパーレス化も急速に進展。本社、研究開発部門でフリーアドレスが可能となった。

製造部門もICT技術による改革を進めている。一例がドローンの活用だ。安全操業は化学メーカーの使命だが、大きな製造設備では高所の点検数が多く、足場組み、人員確保などかなりの労力とコストがかかる。そこでドローンの活用により点検作業を抜本的に変えようという取り組みだ。2019年11月には日本で初めて稼働中のプラントでドローン点検を実施した。ドローンで撮影する膨大な点検画像も機械学習により人のチェックの大幅な削減を試みている。製造員の教育にもVRで事故の疑似体験ができる教育プログラムを導入。すでに600人を超える社員が体験し、他企業からの見学も増えている。

ツールや環境整備だけでなく、デジタル人材の育成にも毎年多大な額の投資を行っている。専門機関に多数の研究開発員を派遣。長期間にわたり教育を施し、デジタルスキルで研究開発の爆発的なスピードアップを目指しており、成果は少しずつ出始めている。

これらの活動は社員の「生産性を上げて競争力をつける」というマインドセットとなった。それはライフサイエンスビジネスが新たに事業の柱の一つになってきたことにも結実している。

競争力をつけるためのワーク・スタイルイノベーション

さらに改革を進めるために、例えば残業ゼロを次の目標にするなどと考えるところだが、小柴は「あえてそれはしない」と語る。

「残業が月20時間を下回るということは、1日平均1時間弱。そこを改革することが本当に働き方改革だろうか。全社で『残業をゼロに』という一律の活動は考えてはいない。部署の違いを認めて仕事を精査し、ボトムアップしていけばいい」と小柴は考える。

ここには、JSRが考える「ダイバーシティ」につながる一面がある。企業も人も多様性の時代だからこそ、多様な価値観を尊重しあう。そのため、ハードワークが必要な時にはしてもいい。それぞれの事業によって仕事の流れは異なる。さらに、本社と支社、工場と研究室など、職場によっても働き方に違いがある。それぞれの部署で、それぞれのやり方で業務の分析をするなど、創意工夫が今もなされている。

小柴は「すべては競争力をつけるため」に、ワーク・スタイルイノベーションを推進していると強調する。

「世界のマーケットで生き残るためには競争力が必要不可欠。既存の仕事を10倍、100倍の速度にする。それを長時間労働で賄うのではなく、発想を変えて生産性を上げる。そのためのワーク・スタイルイノベーション活動。それが弊社の戦略です」



【#もっと一緒にいたかった 男性育休100%プロジェクト】




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